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“許されざる”の主語はどこにあるのか。 凪良ゆう『汝、星のごとく』

 今年の本屋大賞に選ばれ、また直木賞候補にもなったこの作品。これからドラマ、映画化もされそうな人気作です。『流浪の月』から、ベストセラーを次々と発表している小説家ですが、今回の作品は、間違いなく凪良ゆう氏の代表作になるでしょう。

 この小説は、「プリズムのような読み方ができる作品」だと言えます。

 現代の社会問題をふんだんに取り込みつつも、それぞれの登場人物があたかも「そこに存在しているかのよう」に描かれています。さらに、ひとり一人の関係が、必然性を持って絡み合っている。その筆力は、これまでの作品を凌駕するほど圧倒的なレベルだと感じました。


1 「許されざる」愛とは、何をして許されざるものなのか?


 この物語の複数あるテーマのうち、私が今回取り上げたいのは、

「許されざる」愛とは、何をして許されざるものなのか?

強いて言えば、

「普通」と「異常」の違いって、何? ということ です。

(このあと、ネタバレがありますので未読の方はご注意下さい。)

この物語の登場人物は、それぞれが「普通の人」ではありません。

主人公の暁海の家庭は、すでに壊れています。父親が愛人の元に行ってしまい、それを苦に母親は精神を病んでいます。
もう一人の主人公、櫂は、父親を早くに亡くしてしまい、恋愛依存症の母親とともに日本各地を転々とします。高校生の櫂は、母親の保護者のような立場となってしまうのです。

 二人とも、いわゆる「ヤングケアラー」という立場にあります。

 似たような境遇にある二人が恋に落ちるのは必然でした。
 母親に「依存」され、自分の未来をあきらめそうになる二人。辛い現実を必死に超えようとするけれど、一人では乗り越えられないとき、支え合うことで、彼らの結びつきはより深まっていきます。恋という言葉では足りないほど、魂の深いところでつながった愛を二人は信じ、けなげに守り続けようとするのです。

 彼らの周りにいる大人たち、特に母親は、一般常識から言えば「不完全で、おかしな母親」であり、女の元にいる父親、その父親と平然とした顔で暮らしている愛人、だれもみんな「おかしな価値観の大人」でした。でも、彼らは平然と日常を送っている。彼らの純真な優しさを浪費しながら。

 普通の感覚では理解できない「愛」に振り回され、引きずられながらも、「普通に日常を過ごす」ことを求められる社会。 
 閉鎖的な島に住みつづけることは、その秘密を秘密のままにできずに「世間の目」にさらされ続け、噂話の格好のネタにされてしまうことから逃れられないことを意味します。

 閉鎖的な島=世間 のメタファー、異常な家庭環境を異常と思えない子どもたち。小さな島で暮らす二人は、高校卒業を機にそこから逃れようとしますが、曉海は脱出に失敗します。東京での成功が約束された櫂と、母親に足をひっぱられチャンスを失った暁海。

 10代で出会った2人は、20代をばらばらの土地で過ごしていきます。

 その途中で彼らが出会った人々も、それぞれに「不完全で、許されざる事情を抱えた」大人たちでした。

 自分自身や自分たちが納得できる選択をしたはずなのに、社会に認められない。
 さらに、社会的に制裁を受け、抹殺される。

 世の中の理不尽さと、非情さが、彼らの純粋さや優しさを傷つけていきます。

 島に取り残された暁海は、母のように男に依存する生き方ではなく、「自分で立つ生き方」を選ぼうとします。周囲から何を言われようと、自分だけは正しくあろうとするのです。
 東京で成功者となった櫂ですが、本当に大切なものを見失い、暁海とも別離してしまいます。

 天国と地獄を経験し、お金も家も、親友も恋人も失った櫂。
 何もかも失った櫂は、一番大切なあるものまで、失ってしまいそうになります。

 櫂と別れ、一人で食べていけるだけの職を身につけた暁海。

 30代を迎えた暁海は、高校の時の恩師である北原先生と、ある「契約」をします。

 北原先生は、関東の学校から島の高校へ移ってきた人間です。
 あえて、都会から瀬戸内の島へ渡ってきた彼は、重い秘密を抱えていました。

 彼ら2人を支えてきた高校の先生が、実は一番「道を踏み外した人」だったという事実。でも、「許されざる愛」を、自分で選んだと言い切った北原先生が、暁海の支えになるのです。

 櫂との残された時間はあとわずか。

 北原先生との契約、東京にいる櫂、悩んだ末に、暁海はとうとう自分の心に正直な選択をすることになります。
 その選択が、「社会的に許されざること」であったとしても。


2 ラストについての考察と 現実社会とのつながり


 この最後に、納得がいかない読者も多いかもしれませんが、わたしはこの着地しかなかったのではないか、と思っています。

 「道を踏み外した」人、「許されざる事情」を抱えた人。

 過去がそうであったとしても、今「生きること」をあきらめない。

 過去に失ったもの、手放したものの重さを忘れることなく、

 「日常」を積み重ね、「普通」に日々を過ごすこと。

 抱えきれないほど重たい十字架を負った人々が、最後にたどり着く「日常」がどんなに大切で、かけがえのないものなのか。
 そのことに、改めて気づいて欲しいと彼らが伝えたがっているのだと思うのです。

 学校現場にいると、子どもたちの生活環境が日に日に厳しくなっていることを実感します。
 家庭の環境も様々であり、私たちが知っている「常識」では太刀打ちできないような現実に生きている子どもたちも少なくないのです。いわゆる「ヤングケアラー」だと思われるような子どもたちもいるのですが、そのような家庭環境が「普通」であると思っている彼らにはなかなか理解してもらえない現実があります。

 様々な問題を抱えているはずなのに、子どもたちの表向きの生活はあまり個人差がありません。困難が見えにくくなってきているのだとも感じています。

 それは、大人にも言えることかもしれません。

 「困った保護者」は「困っている保護者」だと思いなさい。

 あるカウンセラーの先生から聞いた言葉です。

 表面的には、普通に日常を送っているように見えて、それぞれの生活にズームしてみると、「許されざる事情」をいっぱい抱えている人が、それを見せないようにしながら生活をしているのだろうと推測できます。


3 「許されざる」の視点を変えてみる

 「世間が許さない」とか、「世間体が」とか、「世間の目」とか。
「許されざる」という言葉の主語は、きっとここにあるのだと思うのです。
しかしながら、「私」の価値観=「社会」の価値観 だった時代は終焉を迎えつつあります。

 正解のない時代、多様な生き方が認められる時代とは言いますが、
 現実は、本当にそうなのでしょうか。

「自分」という主語で、あなたは人生を生きていますか。
 「私自身」に対して、「許されざる生き方」をしていませんか。

 この作品は、これまでの私の「価値観」を揺るがす小説であると言えます。

 私たちが思う

「正しさ」とは
 「愛」とは
 「成功」とは
 「幸せ」とは。

 そして、
 「まとも」とは
 「普通」とは。

 様々な価値観が大きく変わろうとしているこの時代に、生まれるべくして生まれた小説。
「プリズムのような物語」だからこそ、読む人、読む時によって、様々な
気づきや発見が生まれる小説でもあります。

読後に訪れる海のように繰り返す感動が、
きっと、あなたの価値観を大きく変えてくれるでしょう。


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