容赦ない夜ふかし 『第1夜 世界の収束』

第1夜 世界の収束

エコバックを忘れたことなど、宇宙の森羅万象を前にしては何の意味も持たない。
ローストビーフ、チーズタッカルビ、エビチリ、寿司。まだ食べられないのに右へ左へ食指を伸ばす。どこまで歩いても、このスーパーには終わりがない。きっと光をも圧倒するファンタジックな速度で、無限に膨張しているにちがいない。
しかしこの無限に広がる店内でも、重力が酒類の一角にだけ収束していた。世界の酒を2~3坪に集める力学的エネルギーは想像を絶するものがある。観測できるブラックホールに圧倒され、ぼくは吸い込まれるように飲みきれないほどの酒を手にとった。
スーパーでの宇宙遊泳は、1週間の地上での訓練の対価にふさわしい夢のような時間だった。そして、いよいよ惑星に着陸する。
鍵を開け、玄関に明かりを灯し、靴を揃え、スーツをハンガーに掛けたら着陸成功。スウェットという宇宙服を装備し、星条旗の代わりに焼き鳥の串をこの星に突き立ててやろう。理科の教科書でしか見たことない縮尺で、赤色巨星が目の前にある。エコバッグを忘れたことなど、クライアントから肩幅課長に直接クレームがいったことなど、この世界線ではいかなる意味も持ち得ない。

何も聞こえないはずの真空世界で、なぜか35缶のプルタブをぶっ放す痛烈な発砲音だけが鼓膜を揺らした。

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