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幸子とはっちゃん

二人は今朝から、妙に口数が多かった。
「今日もいい天気だねぇ。雨降ると錆びちゃうからありがたいわぁ!」
「錆びるくらい何よ、向かいの看板見てご覧なさいよ割れちゃって中が丸見え、グロテスクよ。私たちって恵まれてるのよ」
「ねぇ今日何曜日だっけ」
「ねぇチー坊、どうしたのよそんなに暗くなっちゃって」

幸子とはっちゃんは、生まれてこのかた15年、いっときも離れることなくずっと一緒に居た仲間である。私たちは、3人1組のバックコーラスとしてカラオケ りっちゃんのお客さんたちを盛り上げてきた。その関係性に、今日は終わりが来たのだ。

「幸子、はっちゃん、私......」
二人はやっと黙って私を見つめると、やさしく肩を叩いた。
「センターのチー坊が卒業するのは私たちにとっても誇らしいことよ」
「そうよ、胸張って行きなさい」

午後になって、店のママが出勤してくると、いよいよ私たちは緊張した。ママは私を見ると、「チー坊、今日までお疲れ様。ありがとう」と言って札を営業中に返していつもより優しくドアを閉めた。私はママにお礼を言えないのが寂しかったが、いよいよ、その時が来たと覚悟を決めた。

「じゃあ、私たち歌うから。明るい歌だから笑っていきなさいね!」
「たまには遊びに来たらいいのよ!」
幸子とはっちゃんのコーラスがはじまるのと同時に、私は看板から飛び出した。

私は約束通り笑おうと頑張ったが、涙を拭いてしまった。バレたかと思って振り向いたけれど、二人の顔色は、もうわからなかった。


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