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建築旅行記①(夢舞台)

今回は趣味の一環として建築旅行に行った際に知識のない私なりに感じたことをまとめる。

まず、日本には民家や神社、茶室と行った独自の建築が存在する。私が建築に興味を持ち始めたのは、これら日本独自の自然に溶け込むような土着的建築やひっそりと佇む建築に魅了されたことがきっかけだ。現代建築においても土着的なものやひっそと佇むものに興味がある。

明治以降、多くの西洋文化が流れこみ、建築は西洋に似せたものとなっていく。しかし、国立代々木競技場を設計した日本の巨匠とも言える丹下健三さんは、日本の伝統的な建築様式と当時流行していたモダニズムを融合した新たな建築様式で有名になったことは歴史の授業で習った。それ以降も数々の建築家が日本的な建築をめざし、多くの作品を作られてきた。旅行を通して見てきたそれらの作品を私なりの感想で日本的だと思った部分を述べていく。

夢舞台
夢舞台
伊勢神宮

まず、安藤忠雄さんの建築を見て思ったことを述べる。
1.2枚目の写真は淡路島にある、夢舞台だ。この建築は幾何学が組み合わせによって空間が構成されており、日本的ではない気もする。しかし、動線計画に私は日本的を感じた。この建築を訪れた印象はワクワクしながら歩くことができたことである。その理由として、奥性を感じさせながらも、進んでみないと奥がわからない動線計画にある。歩いていると曲がった道や直線の道があるが常に壁によって奥が隠されており、進むとふとしたところに開口があり、風や光が差し込む。ワクワク感もありながらどこか神秘的な体験をすることができる。

この体験には似たような経験があると思い、写真を漁っていると、伊勢神宮であることに気がついた。伊勢神宮は3枚目の写真にあるように、外宮に行き着くまでの参道が直線ではなく、曲がっている。進んでいくと、木々によって少し暗い道であったり、木々との間に見える木漏れ日によって明るかったりする。まるで、森に迷い込んだような気持ちになりながらも、奥の見えない道を進んでいると神社が現れる。神様のいる領域でこのような言葉を述べていいかわからないが、森や山を進む際のワクワク感も感じた。しかし、それとは対照的に肌で感じとる風や心情は常に神秘的であった。

私が日本の神社に訪れる際に、興味を持つものが道である。もちろん神社も迫力あるが、道も含めその神社が真の力も持つと思う。西洋の教会の動線は単純明快で、教会の中に入ると正面に十字架があるのに対して、日本は参道という道があり、進んでいくと鳥居が出てきて、その先にはさらに鳥居が出てくると言ったように境界いくつも創っている。神社に行き着くまでの気持ちを整えていく過程にとても魅力を感じるのである。伊勢神宮と全く同じとまではいかないが、安藤さんの設計した夢舞台には似たものを感じる。これを安藤さんが意識して行なっているのかどうかはさておき、奥が見えないようになっている動線計画はよく目にするが、感じた神秘性は安藤さんの冷たく、しかしどっしりとしたコンクリートという素材と淡路島という豊かな自然が創り出す独自の場所性の融合によって、醸し出されているのではないだろうか。

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