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『話の終わり』リディア・デイヴィス

なかなか感想が書き出せなかった『話の終わり』。
終始冷静で無機質な文章なのに、とても痛くて哀しい。

訳者岸本佐和子氏のあとがきから引用し、ざっと話の内容をかくとこんな感じ。

女が男と出会う。女は三十代半ばで、西部のとある街に大学教師として赴任してきたばかり。男はどの大学の学生で、女より十二歳若い。女は男と出会ってすぐに心を惹かれ、その日のうちに恋人同士となる。だが幸福は長くは続かない。二人の間にしだいに冷ややかなものが忍び込みはじめ、溝は修復できないまでに広がり、やがて苦い結末が訪れる。

あとがきより

さらにあとがきによれば、「この作品には、突き抜けたユーモアがあり、思わず吹き出したり、にやりとする場面が幾度となくある」という。
私にはこの感覚がまったく分からず、吹き出すどころか、にやりとさえする場面がどこなのかが全く見当つかなかった。
それはもしかしたら、私自身が主人公と同じような体験をしたという妄想をして、主人公の無機質な文章に私が無理に感情を乗せて読んでいたからかもしれない。

実際、十二歳も年下の恋人って羨ましくも感じちゃう……笑。
主人公のように教師(にわか?)だったりするし、ピアノも弾くし(うまくはない)。

以前読んだ時。神保町の喫茶店でシナモントースト。


お相手の男はまだ学生。奨学金が下りるのを待っているが無一文に近く、余分なものを買うお金は持っていない。
だから彼は「都合のいい年上の女性」としてつき合っていたような気もする。彼女は大学教師であり、翻訳業もする。決して裕福ではないが、彼から見たらお金を貸してくれるし、食事代を払ってくれる‥‥‥。ついでに言えば、彼は何度か別の女と夜を共にしたこともあるようだし‥‥‥。

私は彼の――母親とはいかないまでも――叔母のようだった。もっとも彼の現実の母親はとても若く、彼にとってさえまるで姉のようだったらしいのだが。

↑↑涙。‥‥‥あれ?こういう部分が岸本氏が述べていた「思わず吹き出す」ような部分?
えー笑えないー‥‥‥。 P88


それでも、主人公の「私」は彼を愛する。しかし、「私」は文章の通りに感情をあまり表に出さないようだ。そして自分を優先に物事を考える。

もしも愛するということが他人を自分より優先させることだとするなら、そんなことはとてもできそうにないと思った。とるべき道は三つあった。他人を愛することをあきらめるか、身勝手をやめるか、身勝手なまま他人を愛する方法を見つけるか。

P215

そんな「私」から彼は離れてしまうのだ。

単に「都合のいい恋人」だけではなく、彼は確かに「私」を愛したのだろうけれど、「私」の態度について行けなくなったのかもしれない。
しかし、「私」は彼をとても愛していたのだ。彼が「私」から離れて行った現実を受け入れられない。彼は戻って来ると信じている。もちろん戻って来ない。彼の夢を見る。常に彼が目の前に浮かび上がる。挙句の果てには精神が病み無気力状態になり、ストーカーの手前まで行ってしまったようだ。

私が見ていたのは四十を目前にした自分の姿だった――私がつねづね
言うところの "虚しい" 人生を送り、つまらない仕事をやり、しかもそれをしくじり、愛する男もなく、あるいはいても向こうは私を愛していない。

↑↑泣泣‥‥‥。あれ、ここも笑える部分だったりするの??‥‥‥イタすぎて笑えん。
P179


ところが、別れて一年後に彼はフランス語の詩の手紙を「私」に宛てて送っ
てよこしたのだ。
これは何を意味しているのか分からなかった。彼はどういう魂胆で詩の手紙を送ったのか、よく分からなかった。
そして、この詩にはどんなことが書かれてあったのだろう。気になったけれど、彼の詩は本文に書かれていなかった。
でもおそらく、彼は彼女のこんな深刻な気持ちを一切知らないだろうから、特に深いこと考えずに送ったんだろうな、なんておもう。

彼女は手紙に書かれてあった住所へ向かったがそこに彼の姿はなかった。
ちなみに、彼はすでに他の女性と結婚している。

「私」と彼が恋人であった過去の短い期間、彼が去ってしまってからずっと彼から逃れられずにいた「私」は、現在別の男と生活している。恋人、というよりは同居人というような感じだ。彼との間に愛はあるのか分からないけれど(たぶんない)、家族のように生活している。


現在の「私」は、彼との記憶を辿り、彼と一緒にいて幸せだった時間や、別れた後の自身の心情を思い返し、彼の話を終わらせようとしている。自分自身のために小説を書いているのだ。きっと。
思い出はもう朧気で、真実ではないかもしれない。自分の想像によって過去が塗り替えられているかもしれない。また、回想というものは都合よく順番通りに思い浮かぶというわけにはないから、時系列はゴチャゴチャだ。
ゆえに、この作品自体の時系列も行ったり来たりしている。

彼はもういないけれど、それでも、終わらせるために、現在の「私」は小説を書いている。

彼がいなかったからこそ戻ることができたのかもしれないし、終わりにすることができたのかもしれない。もしも彼がいたなら、すべては続くはめになっていただろう。

P11

私にとって『話の終わり』は、とても痛くて切ないストーリーだったけれど、こういう感じの本を他にも読みたいなって思う。


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