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人生にがっぷり向き合う作者に拍手な本、三冊

エッセイ本をよく読みます。書くのがしんどそうなエピソードを、ときに淡々と、ときにこころのままに記している三冊をピックアップしてみました。

稲垣えみ子「寂しい生活」(東洋経済新報社)

著者は元朝日新聞記者。「個人的脱原発=電気なしの暮らしへの挑戦」を軸に、その過程で生まれたモノと所有に対する疑念や「面倒なこと」に対する考察まで、リズムよく綴られます。

ミニマリストということばが話題になって久しいけれど、もたないことが肝でなくて。自分が手に負える範囲を見極め、線引きし、その範囲にあるモノやコトやヒトを十二分に気にかけられることが、大切なんだと思います。大事にしたいのにできていない状況って、想像以上にこころがすり減るから。

「寂しい生活」の前に出版された「魂の退社」も、読みごたえありです。面白かった。

小川糸「針と糸」(毎日新聞出版)

小説家として活躍してきた著者のベルリン移住生活をメインに、日常がそのままに語られます。

印象的だったのが、ずっと抱えてきた母親との軋轢について書かれていたいくつかの章。小説では家族がテーマとなることは多いし、母親に対して嫌悪感を抱いている主人公も少なくなかったけれど、著者自身が抱えていた思いについては、この本で初めて知りました。

どのような理由であれ「家族とうまくいっていない」と明かすのは、ものすごく勇気がいるはず。それを書こうと思ったきっかけは「母親が最期を迎える/たから」だそう。

私が母の愛情を欲していたように、母もまた、私の愛情を欲していたのだ

このような考えに至るまで、そして至ってからの著者のこころの内を想像してしまう。たくさんの感情が入り乱れるさまを思い浮かべると、途方に暮れて、空を見上げて、でもまた足に力を入れて、まずはご飯を食べようっていう気持ちになります。

エッセイに興味が出たらぜひ小説も。食を慈しむ登場人物が数多く描かれ、ほっとしたり、大切にしたいことを思い出したりするのにぴったりです。

伊藤比呂美「たそがれてゆく子さん」(中公文庫)

性と身体をテーマに詩や小説を創作してきた著者の60歳からのエッセイ集。身体の衰え、夫の介護と死、娘夫婦たちとの関係性、誰しもが経験しうることを、真正面から受け止め書き記しています。

読んでいると、作者のこころと思考が全力でタックルしてくるような感覚に。人が本気で人生と向き合った記録は、想像できないくらいエネルギーに溢れていることを実感させてくれます。

結婚しても、子どもを産んでも、かけがえのない友人がいても、最後はひとりで死ぬまで生きていくんだなということも考えさせられる一冊。決して悲しいことではなく、ただ事実として孤独はあると受け入れる準備をする勇気をもらえたように思います。

性や女性に関する記述や、その表現の仕方も興味深かったです。


いろいろな人の日々の記録に共感したり、重なるはずがないと思っていた人と気持ちが重なる経験に嬉しくなったり、勇気をもらったり。エッセイの楽しみを共有できたら嬉しいです。


20230505 Written by NARUKURU


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