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そうだ「塚口サンサン劇場」、行こう。

 2月初旬、強いオタクによる強いプレゼンを受け、『劇場版 ポールプリンセス!!』を観に行った。2023年11月23日より公開されたそれは、既にほとんどの劇場が当然のように上映を終了しており、追加上映地として関西で孤軍奮闘していたのが「塚口サンサン劇場」だった。関東では新宿バルト9がその役割を担っていて、熱狂的な応援を背に2月の壁を突破して上映を延長しているらしい。

 興味を引かれる一方でこうも思っていた。「塚口サンサン劇場」ってどこだよ、と。行動範囲が極端に狭い民からすると、エリア外は等しく「どこか遥か遠く」である。行けるか? わざわざその1本を観るために、「塚口」とやらに? 「十三」の居酒屋で話を聞きながら思案する。果たして、「塚口」とは、そこから電車でわずか3駅の場所なのであった。マインスイーパでクリティカルな部分をクリックしたときみたいに、行動エリアがぶわっと広がる感じがして、行かない理由がひとつ減った。

 今思い返すと、行くならその日しかなかった。通っている整体の予定が午前中だったことと、珍しく連休で翌日が休みだったこと。先だって確認したように、行こうと思えば行けてしまう距離であったこと。上映予定時間を調べるてみると、『劇場版 ポールプリンセス!!』は19:00からの上映だった。その他の上映ラインナップを眺めている内に、選択次第では上映時間の被りなくハシゴができることがなんとなくわかってしまい、残る行かない理由のひとつ、「わざわざその1本を観るために」を潰すことにした。

 一度行くと決めてしまえば、ちょっとした旅行気分である。行動エリアのわずか3駅先であろうが、いつも乗らない路線で向かう見知らぬ土地であることには変わりない。京都内にも見知らぬ土地はいくらでもあるだろうに、そこに向かうとしてもそういった気分にはならない気がする。移動時間の問題だろうか。東京まで行ったりすると、駅の雑踏を見ながら「ここで当たり前に日常を送る人たちがいるのだな」と思ったりもするけれど、それは自分が余所者であるという自覚があるからだと思う。
 旅行には少し足りない移動時間で「塚口」へと到着し、そして、「塚口サンサン劇場」は駅の目と鼻の先にあった。もうちょっと旅程がほしい。

 システムがよくわからなかったので、ひとまずオンラインで予約した後、先に発券を済ませておくことにした。受付カウンター横の発券機に番号を入力して発券すると、受付から「ありがとうございます」と声がかかる。後は去るだけと思われたその客は、その場に留まって続けざまにさらに2枚を発券した。さすがにもう声はかからなかった。
 ハシゴする作品は、『市子』→『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』→『劇場版 ポールプリンセス!!』となった。なんとなく気になっていたけど観れていなかった、に手が届くラインナップで、常日頃、この「塚口サンサン劇場」がどういう立ち位置の劇場なのかがわかるような気がした。たぶん、ポールプリンセスに限った話ではないのだ。

 まだ時間に余裕があったので、駅付近にある「アングル」というカレー屋に入った。普段はチェーン店以外の店はなにかと理由をつけて入らなかったりするのだけれど、旅の恥ならかき捨てられると思った。そうして開拓した場所は貴重だ。塚口に拠点を得たぞ。再び訪れるかは、わからないけれど。
 書店があるということで、これまた駅前の「塚口さんさんタウン」へも寄ってみた。駅前をやたらと往復する不審者となっていたため、やけにすれ違う警察官に怯えていたりしたのだけれど、どうやら事件現場は「さんさんタウン」内部だったようで、エスカレータが途中で塞がれてしまっていた。事件内容は外側からは窺い知れなかったけれど、たぶん、そこまで緊迫はしていなかったように思う。
 文庫の新刊をひとしきり眺めた後、「紙の本ならでは」としきりに言われていた杉井光『世界でいちばん透きとおった物語』と、ちょうどTwitterで宣伝が流れてきていた『彼女。百合小説アンソロジー』を買った。『世界でいちばん透きとおった物語』は、読書体験の仕組みが気になりすぎて久々に一気に読破した小説になった。例によって詳細には言えないけれど、このタイトルは我々に届く段に至って初めて意味を成すので、二重にずるいな、と思った。(作中の小説がそのまま出版されていたらどうなったんだ)

 かくして、映画鑑賞三連戦と相成ったのだった。
 『市子』は、こういうテイストはこういう劇場で観たい、と思うような作品だった。周囲の人間を観測者にして市子の人物像を浮かび上がらせる群像模様が割と好みだと思った。『パラサイト』を観たときみたいな、幸せにアクセスする権利みたいなことについて考えつつ、でも不思議と悲壮感はなかった。幼少期のビジュアルがラスト付近だけ異なっていた点が混乱したのと、単純に時系列の表が見たい。
 『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』は、二次創作をめいっぱい吸ってから観た形になるので、ちょっと物語のラストから逆算して観てしまった。作品としてはバディの結末とそれこそ鬼太郎の誕生が核なので、村へのアプローチというか、謎に迫る過程の活躍部分を期待しすぎたところはある。数多きらめく二次創作の数々は、雛見沢大災害を避けることができないが故の、祭囃し編としてのカケラだったのですね。 
 『劇場版 ポールプリンセス!!』は、アイドルアニメもついにここまできたか、と思った。いや、まぁ、アイドルアニメではないのだけれど。歌い踊るステージシーンは確実にその文脈で発展してきたもので、かつ、そこにポールダンスをぶち込むことで見たことがないものが見れた。ポールダンス自体が「人間ってそんな風に動けるんだ」の塊なので、それがそのまま「アニメのCGってそんな風に動かせるんだ」につながるのが強い。キャラクターごとに固有の領域を背負って立つステージはクセになる。虹ヶ咲然り、レヴュースタァライト然り。

 さすがに間髪入れずに3作品を観たことはなかったので、脳の容量が若干心配になったけれど、なんとか正気を保ったまま観通すことができたと思う。上映が終わって劇場を出て、程なくしてまたもう一度同じ劇場に入るという図が、客観的に見て面白かった。ポールプリンセスを観るころには「サンサン劇場」になんだか愛着も湧いてきたところだ。会員になればよかったかもしれない。拠点もできたことだし。

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