コロッケそばかき揚げ乗せ

この前、立ち食いそばを食べた。たまに食べる。何も食べたいものはないけど、時間的にも胃袋的にも何かを入れておきたい。ただ、食欲がある訳でもないから適当なものでいいし、食事に費やす時間を最小限に抑えたい。そんな時によく立ち食いそば屋を利用する。大抵駅前、あるいは駅から徒歩5分圏内の所に立ち食いではないけど富士そばとかのチェーンがある。そばのコンビニエンス性には驚かされる。

この前は駅をすぐ出たところにある立ち食いそば屋でコロッケそばを注文した。接客バイトの接客とはこうあるべき仕草がウザい身としては、最小限の飲食店会話ラリーで済む立ち食いそば屋はありがたい。私が発する言葉はうどんかそばかを選択する際の「そばで」しかなく、店員も「お待ちください」とか「コロッケそばのお客様ー」ぐらいしか発する言葉がない。なんだかAIに委託できそうだ。だが、AIだとかえって一定の動作でしか作業しないから、待ってるこちら側がもどかしい気持ちになりそう。立ち食いそば屋の店員はひたすら手際良く見ていて気持ちの良さすらある。

だが、店員はAIでない。どれだけ手際良く、要領を得ていても人間なのだから、間違える時は当然ある。

私がコロッケそばを注文し、手際よく作業を進め、「コロッケそばのお客様~」と声をかける。その着後だった。「あっ」。店員はなにかに気が付いた。

流れ作業を滞りなくやっているように見えた店員の動きがぎこちなくなる。私は彼の異変には気付いたが、何に由来する異変なのか見当がつかなかった。店員がコロッケそばとおぼしきものを即座に渡してくれない。疑問に思った私はそばに視線を移す。なるほど。そばに乗っているものがコロッケではない何かであることが判明したのだ。それはおそらくかき揚げ。店員は自身の過ちに気付いた際、初めこそ浸るはずのなかっためんつゆに浸るかき揚げを救済しようとしたが、その試みも徒労に終わったようだ。かき揚げは一度つゆに浸るとどんどんと衣がつゆを吸っていき、ふやけていった。ふやけた状態で無理に助けおうとしても、おそらくかき揚げはボロボロと崩れ落ちていってしまう。店員だけでなく私にとっても予想される結末は明らかだった。

「これ、サービスです」。

店員はそう発して、何事もなかったかのようにかき揚げそばにコロッケを乗せ、鼻からコロッケそばかき揚げ乗せを頼んだかのような容貌に変えてしまった。

「あ、ありがとうございます」。

店員の思わぬ手に戸惑いを多分に含んだ感謝の言葉を述べる私。

パン粉と天ぷら粉の異種格闘技戦がそばつゆの上で開幕した。誰もが予想しなかった偶然が生んだドリームマッチ。勝敗を委ねられた私は、衣の応酬にかつてない充実感を覚えた。

胃袋に適当に何かを入れておきたい程度に思っていた私にとってこの試合はあまりにヘビーだったが、案外悪くない試合展開を繰り広げ何だかんだ満足したのだった。

ただ、確実に言えることとしてこのドリームマッチは二度と開催されることはないだろう。

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