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美術に生きる漫画『ブルーピリオド』を読んで感情の塊になった。おまえもそうなるだろう

創作している人の間で「刺さる」「心が抉られる」と話題になっていた漫画『ブルーピリオド』を読みました。

作品はまだ全然完結していないんですが、場末で小説や記事を物してきた僕にとっても非常にくすぐられるシーンや台詞が飛び交っており、一夜にして感情の塊になってしまいました。

僕にとって本作は「突かれて痛い」よりも共感のほうが多くて、特に八虎が東京藝大で出会う教授の1人、猫屋敷あものとあるシーンが大好きです。

山口つばさ『ブルーピリオド』9巻より
山口つばさ『ブルーピリオド』9巻より

「そのプライドって作品良くするより大事?」

最高ですよね。プライドより作品をよくすることのほうが大事だなんて、当たり前ですよ。そのとおり。僕もまったくそう思います、特に人生を――あるいは大切な"何か"――を懸けて創作しているなら。

『ブルーピリオド』はリア充のように見えながらもなんか満たされない学校生活を送ってきた男子高校生・矢口八虎が、たまたま目にした1枚の絵から受けた感動をきっかけに、美大を目指して絵(美術全般)に人生を懸けて取り組むという物語。

本作では登場人物たちが創作を前にするときの心の機微がとても丁寧に、詳らかに描かれています。いま創作をしている人、過去に創作をしていたことがある人、実は創作に挫折した人などなど、何かを創ることをした経験のあるすべての人にとって、「分かる!」「痛い!」と感情を動かされる1コマがあるのではないでしょうか。

逆に、創作をしたことがない人には、創作に向き合う人の心境や葛藤をほんのわずかでも感じてもらえる作品だと思います。

ところで、創作といっても向き合い方は人それぞれです。趣味で気軽に楽しむ人から、人生や己の存在を懸けて取り組む人、生業としてお金を稼ぐ人、単に仕事の1つとして割り切っている人……。

さらに、誰の/何のために創作をするのかも大事なテーマです。とりわけ自分のためか他人のためかという両極のスペクトラムにおいて、自身がどの立ち位置を選んで(目指して)創作をするかは誰しもが悩むところですね。

作中ではまだこのあたりのテーマというか葛藤というか、自己表現や金儲けの話があまり出てきていないのでどのように描かれるのか楽しみです。

主人公の八虎を始め、登場人物の大半を占める学生たちの考え方や取り組み方は甘っちょろい部分が目立ちます。その稚拙さや幼稚さ、それでいて自己と表現の間で複雑に入り組んだ感情を的確に描き出す作者・山口さんの手腕たるや。読んでいて「若いねー、ヌルいねー」と微笑ましく感じるシーンも多々あります。

しかしながら、八虎たちが美術に向かう姿勢にはいつも感銘を受けます。いまの自分が彼らのように生きられているかといえば、はっきりそうだとは言いがたいです(そうありたいと行動しているつもりでも)。

それでも、かつての自分が八虎たちと似たような道を歩んでいたことを思い返すと、少なくとも当時は彼らと同じくらい、あるいはそれ以上に一途に作品と向き合っていた時期がありました。

僕は作中にも登場する大阪芸大の文芸学科を卒業したんですが、在籍時の4年間はひたすら小説を書き続けていました(大阪芸大の人はおそらく東京藝大を「東京藝大」と呼び、けっして「藝大」とは呼ばないと思います)。

授業中は設定とプロットを練り、移動中は本を読み、帰宅したら執筆。休日は文字どおり寝る間も惜しんで書き続けることもざらにあり、もはや無我の状態で作品を仕上げていく日々。辛いとかしんどいとか、やる気が出ないとか眠いとか休みたいとか、そんなふうなことを感じるときもありましたが、それらは死ぬほどどうでもいいことで、キーボードを叩いて文章を生み出すことだけが唯一重要なことであり、存在の証明であり、人生そのものであり。

当時の僕は小説を書くことが自分の使命だと思い込んでいました。新人賞に出したりネットに上げたりしたこともありましたが、それなりの評価を得てもだんだんどうでもよくなり、ただただ完成させては次の小説を書くことを繰り返していました。

いったい何のために書いていたのか? 忘れたわけではなく、分かりません。それが使命だったからだとしか答えられません。猫屋敷が言うように、作品を創ること以上に大切なことなんてありませんでした(ちなみに、その甲斐あってな仕事ができています)。

だから、僕は『ブルーピリオド』を読んで感情の塊になってしまいました。そして思うわけです。ただの趣味ではなく、自分の作品でお金を稼ぎたいと思っているくせにうだうだやっている人に、「しょーもな!」と(あと、自分の本心を自分自身から隠そうとして言い訳を重ねている人)。

誰かのために作品を創るのは、自分のために創るよりも間違いなく難しいことです。ましてや対価としてお金をもらうだなんて、生半可なことでは叶いません。

創作に関する悩みの大半はしょーもないことばかりです。やる気が出なくても創る。時間が足りないなら寝ないで創る。当たり前。やらない理由は無限に並べ立てられます。その無限の理由を舞台から排除しなくてはいけません。本当に創作が好きなら、モチベーションなんて言葉とは無縁のはずです。

高みを目指すなら、悩んでいる余裕なんかない。悩むのは贅沢だ。悩む時間があるなら手を動かせ、マジで。それしか自分を救う方法はない。

『ブルーピリオド』、思わずこれほどに感情を叩きつけたくなるすばらしい作品です。


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