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無色なShout&Soul(ショートストーリー)


#創作大賞2022

「・・・要するに、名誉棄損の裁判に負けたので、慰謝料90万円を貸してくれって事だろ・・・。貧乏人が、金も無いのにそんなもんに関わり合いになる事を捨てなきゃいかんわな・・・説教する訳ではないけど・・・。その時点で、違うわな・・・。身の丈を知った生き方せんと・・・。誰から訴えられたんか知らんけど・・・中華丼、食べて・・・冷めるよ。それ、俺、奢るから・・・」スマホをいじりだす大熊。大熊は、70名の従業員を雇用して、大手自動車部品メーカーの下請会社の社長である。
(十分、してんじゃないか・・・。説教)頷き、中華丼を食べ始める。

ロードサイドの中華レストランに来ていた。事務所では、内容が聞けないという事だろう。「奥さんにばれてるよな。借金の事・・・」何故、そんな事を言ったのか解らなかった。でも、つい、こぼしてしまった。ふっと笑う大熊。スマホが鳴った。『あ、池田係長、紹介したい人がいるんだよ。融資。融資。話聞いてあげてよ。いつ頃、いる? 16時にね。よろしく。あ、水野正章さん。よろしく』

テーブルに、大熊が頼んだ味噌ラーメンとチャーハン運ばれてきた。「いただきます」と手を合わせ、食べ始める。「で、水野さん、南信用金庫16時から、池田係長に会いに行って・・・。場所、解るよね。話、聞いてくれるって・・・。俺も貸したいのはやまやまだけど、90万円で、毎月10万円返済で9か月かかって、10%の金利9万円が翌月なら、10か月もかかるし、プロの方がいいのかなと思って・・・」
「ありがとうございます」
「それと、気になるのは・・・。水野さん、『いただきます』言った」
「言いました」
「手を合わせた?」
「いえ」
「そういうとこなんだよなぁ・・・」頭を掻きながら、ラーメンを啜る大熊。(何が言いたいんだ?)

「お待たせしました。池田です」と名刺を渡す小太りの男性がカウンターに現れる。「大熊さんから、伺ったのですが・・・。融資をご希望とか・・・。お幾らですか?」
「90万円です」
「失礼ですけど・・・。年収は如何ほどですか?」
「昨年は、360万円でした」
「え? ご職業は何をされてるんですか?」
「今年の5月に会社が倒産して、先月まで失業保険を頂いてました・・・」
「無職って事?」訝しげな表情を浮かべる池田。
「はい」
「はい?って・・・。返済できますか?」
「来月から働く予定で・・・。雇用通知書を見せますね」池田に書類を渡す。「少々お待ちください」と受付カウンターに座る女性に何やら話をしている池田。
(無理かなぁ・・・)
スマホが震える。派遣会社の営業担当野口からだった。「後でかける」と告げ、電話を切る。

「お待たせしました」と言いながら、ローンの申込書をカウンターに広げる池田係長。
「今、住んでるとこはこの町ですよね?」
「いえ、隣町です」
「勤務地がこの町ですよね?」
「いえ、隣町です」
「ああ、無理、無理、無理、です。担当外になります。銀行に行ってください。大熊さんに聞くんだったなぁ・・・。私も悪かったけど。ウチじゃ無理です。営業圏外なんでっ! 申し訳ない。お引き取り下さい」
「了解しました。一点、確認させてください。ローンは通る可能性ありましたか?」
「審査次第です。それしかお答えできません。お疲れ様でした・・・」出口をいそいそと案内する池田。

「丁度、1ヵ月になりますね。中々、お見えにならないので郵送しようかどうか、迷ってたんですよ。これが和解書です。あと、預かっていた資料もお渡しします」と北道弁護士より書類関係を受け取る。「あと、こちらの方に氏名記載と押印の方をお願いします」指示通りにしていく。
「ところで、12月24日迄に振込の方は、大丈夫ですよね。90万円」
「え? そのつもりですが・・・何でですか?」
「いや、先方が心配してまして・・・振り込んだら連絡いただけますか」
「わかりました。24日中でいいですね」
「24日中でお願いします。あの・・・、お仕事されてますよね」
「はい。まだ、行ってないですが・・・行くとこは決まりました」

書類の入ったバックを助手席下に投げ、車を動かす。腹を立てていた。
『なんで、金払う方が振り込んだかどうかの連絡せにゃならんのやっ! 心配やて? あんた、どっちの弁護士やっ!』
言えなかった。


大熊や池田に断られた後、叔母の処に出向いた。叔母は、私の家の事情を熟知していた。
「お父さん、今は大丈夫?」
「年明けの5日に再検査があるらしい。手術となったら、また、入院です」
「入院費は、ひと月幾ら?」
「15万円前後かな・・・。今年の1月から5月迄、しっかり入院してくれたんで、給料飛んでしまいましたよ。そんで、先月、会社が倒産。でも、次の会社も決まっている」
(嘘をついた。本当は、5月に倒産していた)
「コロナ倒産? たまったもんじゃないよね・・・」
「まぁ・・・。経営が行き詰まったって感じかなぁ・・・。立ち直れない・・・」(嘘つきだ。社長が暴力団と関係があると発覚。銀行に資金を凍結されたので倒産した)
「いくら、貸してほしいの?」
「いくらなら借りれる・・・かな?」
「今月は、無理。来月なら40万円貸せる・・・。あんた、いくつになった?。これは別な小遣い、もっとらんやろ?」3万円を渡される。返事が出来なかった。
(おばちゃん、58歳になったよ)

赤信号。スマホが緑の点滅をしていた。留守番電話が表示されていた。派遣会社の野口からだった。スピーカーで再生した。『申し訳ありません、水野様・・・。来年の1月11日から就労して頂く予定だった原子力発電所の件ですが、先方から断られまして、ダメになりました・・・』
(終わった・・・)

翌日、倒産した会社の第2回債権者会議に、元同僚とでかけた。代表者は不在であった。前日、発熱が起きたと代理人が述べた。その日の返済状況報告の他に一部の取引先業者に倒産する前に、手形を振り出していた。金額にして6億円。偏波行為に該当する為、違反なので管財人は懸命に、受け取った取引業者に返済するよう促していると説明した。その事で会場が沸き、管財人や代理人に向けて、罵声が浴びされた。裁判長が制止し、会場が静まりかけた時、私は手を挙げた。
「水野正章と申します。前回の債権者会議に参加できなかったのですが、人づてに聞きましたが、代表は、前回も欠席されてます。その時も発熱。今回も前日に発熱。体調は大丈夫なんでしょうか。何やら、体にしょうもないコンセントでもついてるのかもしれませんね。お大事にお伝えください。今回の6億円の偏波行為は、倒産手続きした日から4日前に行われ、某レストランの会場にてご丁寧にも倒産の説明と手形の振り出しがあったとその会場に参加した社長より伺っています。更にその社長はこう言いました。『倒産するなら、取引会社より先に従業員に説明するするもんだろう』と思い、私に連絡をくれました。その翌日に会社のグループラインに会社に来るよう指示があり、倒産手続きをする前日に説明がありました。経営者としての資質を疑います。経営者は、申し訳ないという気持ちはないのでしょうか。一部の方々は、金額を正当に受け取り、そこに呼ばれなかった方々が、ここに集まっている。おかしくないですか? 何のための債権者会議なんだっ! 人の人生、どうしてくれるんだっ!」

手際よく、アルコールをテーブルに噴射させ、ふきんで拭いていく。マイクに除菌スプレーをかけ、『除菌後マイク』の明示したビニール袋をかけて、カラオケの機器のリセットボタンを押し、室内電話をかける。「117号室、セット終了です」。室内を消灯。廊下に置いた台車に道具を載せ、次の部屋に移動する。『先生じゃないですかっ!』の声に振り返る。赤ら顔で泥酔状態の30代後半の男性二人から呼び止められる。
「水野先生ですよね。ウチに研修しにきてくれた。水野先生ですよね」
「ああ、そうだ。改善の研修講師の水野先生だぁ・・・。いじめられたよなぁ。課題」
思い出した。2日間、社員研修の講師として、機械メーカーに出向いた。その時の参加者だ。名前は覚えてない・・・。
「何も考えてないように伺えますが・・・。何が目的なのか見えないですよね・・・ってか」
「相手が解らないのは、貴方が教えなかったからだって豪語しましたよね。持っていった課題もボロクソ言われて・・・。おかげさんでトラウマになりましたよ。来年は寅年だっ!」
「なにやってんすか? ここで・・・。まっさか、アルバイトじゃないでしょう・・・東証一部の機械メーカーの研修講師がカラオケ屋でアルバイトなんて、失礼というか恥ずかしい行動しないですよね。店の経営者の知人で手伝いをしてるんですよね」
「お前、そんな失礼なこと言うなよ。経営側に決まってますよね。水野先生」
「アルバイトです。ここで、働いてます」
奇声に近い大声で笑いだす二人。
「時給、幾らだよ?」
「20時迄900円です。その以降は、1,100円です・・・」
「8時間働いたとしても1万円いかないって事か・・・。年末に大変ですね」
ガシャンっと廊下に、残飯や飲み残しのグラスが散りばめられる。一人の男性が、台車に乗った皿やグラスを落としていく。「おい、やめとけよ」と言いながら、もう一人の男性も台車を倒す。
(やめてください!)
声が出なかった。

雪が降っていた。玄関横の喫煙所の灰皿が倒されていた。ホウキと塵取りで、吸殻を集めて、ゴミ袋に入れる。液体が床に残っている為、雑巾で拭きだす。目の前に、5千円札が見えた。
「お疲れさん、それ倒したの俺だから・・・。清掃料だ。おい、受け取れよ」先ほどの30代の男性だった。
「ありがとうございます」
「先生、来年はいい年になるといいな。よいお年を」
「よいお年を」小声で返すのが、精一杯だった。

慰謝料に90万円に関しては、銀行で融資してもらえるようになった。24日より3日遅れての27日に支払った。来年より、毎月5万円返済となった。これは、仕方ない。カラオケ屋のアルバイトは、年末でやめた。オーナーは、正月3が日も提案してきたが、バイト料の値上げもないので、契約通りで終了。腰痛を患ったのと、体力的に限界を感じたのが大きな理由だった。
2021年は、色んな事がありすぎた。2022年は、いい年になるよう願う。現在、無職の水野正章58歳の心の叫びでした。     (終わり)

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