短編小説:「シークレット・チョコレート」 加筆修正ver.

 バレンタインは日本の男達にとって、いつまでも重要なイベントであり続ける。なぜ、日本では“女性”から“男性”にチョコを送るのかは定かではない。世界各国では男性から女性にプレゼントを贈る日だ。ただ、昔ながらの日本企業では未だに、女性社員が男性社員にバレンタインデーのチョコレートをあげるという習慣が残っている。

 ある年、部内の方針で、バレンタインデーのチョコレートを廃止しようという提起があった。古き習慣を取り払い、よりフラットな会社を目指す動きなのか?この慣習には女性社員からの長年の不満があったらしく、その提起はあっという間に承認され、その時から男達のチョコレートは奪われてしまった。

 新入社員のハルは、仕事を覚えるため始業時刻よりだいぶ前に職場に到着している。大抵は、一番乗りであることが多い。彼女の毎年の楽しみは、バレンタインデーの朝、他の社員の出社前にひっそりとチョコレートを「お菓子置き場」に置いておくことである。(出張者のお土産を置く棚があるのだ。以下、お菓子置き場と呼ぶ。)普段は甘い物に興味がなさそうな中堅社員の男性も、その日ばかりは別である。輸入物の可愛らしいパッケージを発見すると、お菓子置き場へ直行し、少し笑みを浮かべながら中を覗く。他部門から用事があって、たまたまお菓子置き場の前を通りがかった男性も、そのチョコレートを発見すると確実に貰っていく。

 入社して二年が経ったハルは、時差出社をしている。九時三十分に出社なのだ。そのため、今年は誰にも気付かれずにチョコレートを置くことは困難かもしれない。前日に遅くまで残って置くことも考えたが、あいにくその時期は客先が休暇に入っており、毎日定時きっかりで帰れるほど暇だった。チームメンバーの予定表を確認すると、別の客先との会議でほとんどのメンバーが離席する時間帯があった。ここだ!ここまでくると、ハルは何としてでもミッションを成功させなければと思う。ひっそりとお菓子置き場に忍び寄り、男性陣の目に付くようにシークレット・ウエポンならぬ「シークレット・チョコレート」を配備した。 

 客先との数時間に渡る会議が終わった後、さりげなく男達の近くにあるお菓子置き場を確認する。そうすると、すでに盛大にチョコレートの袋は開かれていた。電話の取り次ぎがあり、男性社員に話しかけにいくと、心なしかいつもよりも笑っている。チーム内の女性の誰かがくれたのかな?と想像しているのかもしれない。

「なんか、イタリアのチョコレートが置いてあったんだよね〜。誰からなんだろう?」同期の男性社員が探りを入れるようにハルに話しかける。「うん、こっち(女性陣)のお菓子置き場にもあったんだよ。誰からなんだろうね?イタリアン・ガールからかな?」

 こうしてしらばっくれる瞬間が、ハルにとってはチョコレートのように甘く美味しいのである。匿名で行われる本ミッションは、来年以降も密かに遂行される予定である。

【終】

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