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《連載小説》おじいちゃんはパンクロッカー 第二十回:疑惑

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 家時はまず自分が今病気で臥せっている父の社長の代理で事務所の運営をしている事を話し、続いて今回のライブについて話した。彼の話によると今回のライブは垂蔵の待望の復活なので、その宣伝のために今までにないぐらいお金を突っ込んだそうだ。勿論ライブの成功とバンドの再ブレイクをかけての事だ。家時は露都に向かってサーチ&デストロイのHPを観たことはあるかと聞いてきた。露都はその質問に対して当たり前のようにないと答えた。それを聞いた家時はショックでテーブルからずり落ちてテーブルに置かれていたイギーの飲みかけの缶コーヒーを倒しそうになった。彼はイギーの顔を恐々と覗いたが、恐れていた通りもの凄い顔をして睨んでいたので、すぐに目を背けて露都に話しかけた。

「ははは、見たことがないんですか。実は最近HP新しくしたんですよ。その新しいHP結構有名なデザイナーに作ってもらった凄いカッコいいヤツなんですけどね。まぁ、お暇な時でいいですから一度観てあげてください。実はあれにも物凄いお金をかけてまして……。他にもプロの動画制作のスタジオに頼んで作ってもらった動画をYouTubeチャンネルとかTikTokとかに上げたりしてそりゃもう一大宣伝かけていたんです。だけどまぁ、こういう事になってしまいまして……」

「そうですか」と相槌を打ったところで露都はやっぱり賠償金の無心だと確信した。事務所の社長の息子であるらしいこいつにあえて用件を言わせているのはこれがバンドの話じゃなくて事務所との契約の問題にしようとしているのではないか。だとするとライブの契約書の抜け穴を見つけて何とかこっちから金を絞り出そうとしているんじゃないか。だとしたらまずい。垂蔵が署名した契約書など自分が知るはずもないのだから。彼はそれを確かめるために愚問だとは思ったが、あえて家時に聞いた。

「あの、家時さん。そちらの事務所は保険とか入っておられるんですか?」

「いえ、入ってません。父は昔の人だからそういうとこにはまるで無知で……。だから今こんな状態になっているんですね」

 やっぱりだ。このクズ事務所め!これはきっと垂蔵も了解の上の事だろう。奴だったらバンド仲間や事務所を救うためなら平気でなんでも受け入れるに違いない。なんてバカなクズだ。アンタは昔からそうだった。母さんや俺よりこんな連中のほうがよっぽど大事だったんだ。これでわかったよ。もうあんたとは終わりだ。と思ったその時露都の目の前を塞ぐように家時がぐっと顔を近づけてきた。

「で、それで露都さんにお願いがあるんです。あの、今度の土曜日にやる復活ライブの件で……」

 ああ!ふざけるな!もうお前らが何を言うかわかってるんだ!それ以上言うな!露都は怒りのあまり立ち上がろうとしたその時だった。いきなり家時が床に土下座をして頭をこすりつけてきたのだ。

「お願いします!今度の土曜日のライブに垂蔵さんを出させてあげてください!あの人が出なかったらもうウチの事務所は終わりです!先ほど露都さんがおっしゃられたようにうちは何の保険もかけていません。だから今回のライブが中止になったらもう事務所自体を廃業せざるを得ないのです!確かに垂蔵さんの病気が重いのは重々承知しています!ですが私と父やバンドのメンバーはその垂蔵さんの復活をアピールするためにこうして頑張ってきたんです!垂蔵さんも是が非でも出たいって言っています!もしかしたらライブ中に自分は死ぬかもしれない。でも出たいとおっしゃっているんです!だから重ねてお願いです!垂蔵さんをライブに出してあげてください!」

 この家時のあまりに意外な言葉を聞いて露都は激しく混乱した。彼はライブなんてとっくに中止が決まっていると思い込んでいた。すでに中止の告知が出ているはずだと思っていた。なのに決行するとは。どうやってあんなジジイの病人に長い時間歌わせるんだ?無理に決まっているだろ?目の前ではまだ家時がテーブルに頭を擦り付けている。家時は顔を上げず、ただ何度もお願いしますと泣きながら露都に懇願している。その家時をサーチ&デストロイのメンバーたちが囲んで露都を見た。

「まぁ、そういう事なんだよ。今回坊主に来てもらったのはざっくり言えば垂蔵の外出許可をもらうためだ。この病院は異常に患者の外出に厳しくてな、医者の許可に加えて保護者の許可も必要なんだ。だからお願いだ。外出許可証にサインしてくれ。勿論俺だってアイツがどんな状態かわかってる。一年、いや半年も持たねえかもしれねえ。だからアイツのために最後の花道を飾ってやりてえんだよ。俺とアイツは四十年以上付き合いだ。もう兄弟みてえなもんだ。そのアイツが言うんだよ。死ぬんだったらステージで死にてえってな。お前も息子だったら垂蔵の気持ちわかんだろ?俺からも頼む。アイツをライブに出してやってくれ。この通りだ」

 イギーはそう言い終わると露都に向かって深く頭を下げた。それに続いてジョージもトミーも頭を下げてきた。露都はそのサーチ&デストロイのメンバーを見て、垂蔵とこの連中の愚行に苦しめられた日々を思い出した。こいつらはしょっちゅううちに来ていた。時にはどっかから引っかけた女を連れて来ていた。散々飲んでいるのに寝ている昼夜のパートで疲れてぐったりして寝ている母さんを叩き起こして酒を出させていた。しかも垂蔵の奴その女たちと関係を持ったりしていた。母さんがいるのに、母さんはずっとお前の帰りを待っていたのに。何が四十年以上の付き合いだ。何が最後の花道を飾ってやりたいだ。何がステージで死にたいだ。そんなにパンクっていうあのゴミ音楽が好きなのか。母さんや俺よりもこんなクズどもと一緒にいたいっていうのか。確かに母さんはお前に救われたって書いていた。だけどお前はその母さんを幸せにするどころか、結局は命まで奪ったんだぞ!わかっているのかよ!その時露都は母の事を思い浮かべた。きっと母さんが生きていたらこんなバカげたことをやる垂蔵を全力応援するだろうな。きっと彼女は垂蔵のライブがどんなに無様でも涙するんだろう。だけど俺にはダメだ。こんなバカげたことは到底承認出来ない。コイツラじゃなくて垂蔵本人に直接言ってやるさ。こんな事は俺が認めないって。彼は考えを決めると力を込めてこう言った。

「垂蔵と話がしたい。俺の言いたいことは全部アイツに話す」

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