見出し画像

la mélancolie d'une belle journée

短くも美しく燃え

ずっと病室にいたはずのわたしは
どれが彼女との最後の会話だったのかを思い出せない
ただ、消灯時間を迎えた頃
彼女は少し意識を戻した
「お水…」
わたしは乾いてカサカサな唇に吸い飲みのガラスの吸い口をあてた
「体を拭いて綺麗にしてほしい…」
わたしはベッド脇の小さなスタンドの薄明かりの中で病衣の前合わせ紐を解き
タオルが熱くないかを頬で確かめ白い躰を愛撫するかのように拭いた
薄く微笑みながらわたしの動作を追いかける彼女の瞳を私は忘れない
彼女にはわたしの姿はどう映っていたのだろうか…

日々のたわいもない出来事などの話に子どものように喜んでいた彼女は
蒸し暑い闇に包まれ静かに息を引き取った
まるで親子ほども歳が離れた彼女とは
散歩がてらに訪れる池畔のカフェで知り合った
私が好きなBD作家ケラスコエットの絵本を眺めていた彼女に声をかけたのがきっかけだった
その彼女がHIVの長期の治療もむなしくAIDSが発症してしまったのは熊本地震後
子供や女性達のカウンセラーとして通っていた初夏を迎えた頃だった
ある日カウンセリングから戻った彼女は
「疲れが溜まったのかな…全身がだるくて体重も随分減っちゃた…」
「でもきっと風邪かもしれないから…早いけどもう寝るね」
と少しの微笑みを後に夕飯も取らずに横になった
しかしこの時から彼女もわたしも「もしや…」と同じ思いを抱いていたのだ
その後体調がすぐれない日々が続き
顔や身体中への湿疹や高熱などと色々な症状が急激に出だし
検査の結果恐れていたAIDSが発症したことを告げられた…
でも彼女の口からは嘆きの言葉はなかった
もう随分前からなんとなく覚悟を決めていたのだ…

知り合って間もなく彼女の生い立ちを話してくれた
そして自分はHIVに感染していると
それはParis在住の時のあまりにも恐ろしく悲惨な出来事で
その後PTSDを負ってしまっていることも…

治療が効かなくなり症状が悪化し終末ケアで入院した彼女の部屋に
わたしの大好きなアニメ映画"Un monstre à Paris"を持ち込んだ
私と同じく一時期パリに住んでいた彼女はとても喜び
久しぶりのケーキを食べながらiBookのモニターで鑑賞した
彼女はヴァネッサ・パラディとMの歌う"La Seine”がとても気に入り
それから毎日のように聴いていた
美しくて傷みが和らぐと…

Elle sort de son lit
Tellement sur d'elle
La seine, la seine, la seine
Tellement jolie elle m'ensorcelle
La seine, la seine, la seine
Extralucide la lune est sur
La seine, la seine, la seine
Tu n'es pas saoul
Paris est sous
La seine, la seine, la seine

Je ne sais, ne sais, ne sais pas pourquoi
On s'aime comme ça, la seine et moi
Je ne sais, ne sais, ne sais pas pourquoi
On s'aime comme ça la seine et moi

Extra lucille quand tu es sur
La seine, la seine, la seine
Extravagante quand l'ange est sur
La seine, la seine, la seine

Je ne sais, ne sais, ne sais pas pourquoi
On s'aime comme ça, la seine et moi
Je ne sais, ne sais, ne sais pas pourquoi
On s'aime comme ça la seine et moi

Sur le Pont des Arts
Mon cœur vacille
Entre deux eaux
L'air est si bon

Cet air si pur
Je le respire
Nos reflets perchés
Sur ce pont

On s'aime comme ça la seine et moi
On s'aime comme ça la seine et moi
On s'aime comme ça la seine et moi
On s'aime comme ça la seine et moi

誰かが袖で拭きたがっているような、晴れきれない空
天使の羽をつけた彼女はきっと今日もセーヌ河畔で舞っている
希望の泡のように…


Un monstre à Paris" La seine (Vanessa Paradis - M)"


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?