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『欲の涙』⑨


 どうやら長野とは連絡がつかないようだ。     

 そのことに三上は腹を立てていた。報酬の話はもちろん、長野が組を蔑んでいるのだと思え、イラ立ちが収まらないのだとか--「コッチに依頼しておいて、カイちゃんにも依頼だなんてねえ。中間連絡もないし、ナメられたものよ」

 「連れてくればいいのでしょうか?」
 「2日以内にココね。坂本の番号が登録されている携帯電話を使ってね」と、即座に応え携帯電話を渡した。もちろん本人名義ではないハズだ。「お疲れさん。今日はこのへんにしましょう」と言って、オレに帰るよう言い放った。

 ドライな声だ。

 --要は坂本と組んで、長野を連れてこい。以上。

 無言で事務所を出、雨の降りしきる歌舞伎町を歩いていた。帰り際に、三上が傘を渡してくれた。
 --「2日以内。身体が資本なのよ」。ドジを踏んだら、終わりってことだ。

【雨の歌舞伎町】

 雨の歌舞伎町を眺める。傘に当たる、雨粒の音だけが耳に入り、街の喧騒は、聴こえない。

 トー横のガキたちは暴れることなく、ひっそりと息を潜めている。どうせ晴れになれば、雨で動けなかった反動で、アイツらの持て余している、エネルギーを発散するさ。

 そんなもんだ。

 と、トー横の光景に気を取られていたが、肝心な点が決まっていない--。

 帰るのは、それは、谷ちゃんのところか?それとも自分の事務所か?

 結論。

 事務所に戻ることにした。

 谷ちゃんをこれ以上巻き込むわけにはいかない。谷ちゃんのことだ、坂本とトラブったらツブしにかかるだろう。身分証がないのは、かえって好都合だし、谷ちゃんには何も伝えないことにした。

 事務所に着いたら、坂本に電話をする。今すぐにでも会おうと話をもちかけたい。

 坂本とは組みたくはない。けれども一時的な利害関係者で、共同の仕事をするワケだ。一刻も早く始め、一刻も早く終わらせたい。

 急ぎだ。

 マンション兼事務所に着いた。自分の部屋に進んでいく途中、廊下で、ホストモン二人と鉢合わせた--本業ツバサと大学生ホスト。なかなか気まずそうな、決まりの悪そうな顔つきだ。

 それもそうだ。

 北条が裏でホストモン二人を操って、実際にオレを騙したのは、コイツらだしな。「やらざるを得なかった」と言わんばかりの表情。  

 「あ、中山さん、お疲れ様です」とツバサ。
 「元気ねえな。気にしなくていいから」と本音を言った。

 本当にどうでもいいんだ、コイツらは。

 パシリのような存在さ。末端の末端に突っかかるより、重要なコトがあるんだから、ホストモンたちを懲らしめてやろうだなんて、みじんも思わなかった。

 話はコイツらの想像以上に入り組んでいる。複雑で重層的なんだ。1から100のうち、コイツらは、ほんの0.5の情報を小出ししただけ。

 つぶさに説明しても意味はないとみた。

 怯え縮んでいる、大学生・ホストには「ゼミは決まった?」と訊いた。
 「はい!公共事業政策の…」
 「OK。卒業しろよ」と、手短に言い緊張感を解こそうとした。

 事務所で三上の渡してきた携帯電話にスイッチを入れる。”S”とだけ書かれてある。坂本のSか。

 鳴らして9コール目に出た。「はい!?誰だよ、オタクはよ!?」と、大声でこちらに訊いてくる。おそらくパチ屋あたりで、時間をつぶしているんだろう。
 「中山。分かるだろ?」
 「んぁ?」
 「一昨日、カオリさんを拾った中山だっつうの
 「ああ、事件屋さんかよ。なんだ、もう最初から事件屋って言えよな」
 面倒なヤツだな。
 「そんなこと言ってらんねえよ。三上さんから、アンタと組むよう話があった。今さっきな。早く、アノ喫茶店で話でも」
 「ああ、今確変モード入ったから、終わり次第。先入ってろよ」

 例の喫茶店に来た。

 ここは店主が元筋モンだ。簡単に言うなら、アングラなヤロウ御用達の店。ここならウラの話も許される。とはいえ、敵対する組との対立が激化しないよう、有事の時は、すぐ止めに入る。

 オレはアイスコーヒーを注文。もう夜10時。坂本は・・・と、コーヒーを飲みながら、来るのを待っていた。

 1時間後。

 「わりぃな、中山。景品のタバコやるから許してよ」
 「要らねえよ。オレの銘柄じゃねえしよ」と跳ねのけた--谷ちゃんの舎弟が間違えても、気に留めなかったが、坂本は癪(しゃく)に触った。年齢は坂本が上。3歳くらい。オレはここの場で強気に出るよう演じる。

【頼りない相棒】

 長野を連れ去る「依頼」--。主導権を握られちゃあ、分が悪い。上に立つポーズを見せないと、オレは坂本のオモチャになる。

 テーブルに身を乗り出すかっこうで、話を進めた。

 「で、話の核心に進むぜ?」
 「おう」
 「三上さんに依頼した長野と連絡が取れないとか。かなりキレてんぜ」と、言い一呼吸置いて、
 「坂本さんよ、今回の対応次第でアンタの先行きは変わる。それくらい分かるよな」
 「・・・オイ、お前に託された話だろ?俺を巻き込むんじゃ・・・」と言いかけた途端、三上に渡された携帯電話を見せた。
 「こういうことだって。話の入り口で気づけよな」
 「組めってことだな。お前みたいにナマイキなヤツと」
 「お互い、反りが合わねえのは知ってっからよ。それより早く済まそうぜ、坂本さんよ」と、かなり強気に出た。

 事実、三上とじかに接したオレから話を切り出した時点で、有利なのはオレだというのは明らか。

 命令に近いとは言えども、坂本がアテにならないから切り出しんだろうしな。そのことに気づかない鈍感さをどうにかしてほしいよ。

 仕方がないな、といった諦めの表情を浮かべて、オレと三上が、事務所で話した内容を伝えた。

 相手も察知できないほどのバカじゃない・・・
と、思いきやバカだ。

 なんというか、先読みのできない、行き当たりばったりで、その場しのぎでどうにか生き残っているタイプと言ったらいいのかな。

 坂本はオレに何件か、憎堂一家の火消しを依頼してきたことがある。「反りが合わない」のは事実。過去の依頼でも、意思の疎通が難しく、それが原因でオレが三上にガン詰めされたこともあった。

 今回はなしで頼む、と願っていた。

 「で、中山。お前は長野と連絡つくのか?あ?」と、Yシャツの袖をめくり、肩あたりから少しだけ見える、和彫の鯉を見せつけて、威圧感を出そうとしている。

 でたな、と内心ではため息。

 幸先が悪いとしか思えない。また三上にヤキ入れされんのか、と厭(いや)なことまで頭によぎった。

 「坂本さんよ、任侠映画の観過ぎかよ?今どき、墨で威嚇しても逆効果だって」
 「俺のスタイルだけど・・・確かに、時代にアンマッチしちまってるな。ミスマッチ?どっちが普通かな?」と--。まあ一言でまとめると、マヌケだ。

 強く出る。が、「出方」を間違えてしまうタイプ。
 話に意識を定める。が、「向かなくていいほう」へ進むタイプ。

 こんな調子では拍子抜けしてしまう。本当に大丈夫かよ。谷ちゃんとなら、10分で済む話をコイツには、100分かけて説明する必要がありそうだな。

 売春宿での「あの」事件から1日が経った。残り2日のうちに計画を実行に移さないと間に合わない。長野を三上に渡すのは、2日先。タイトだ。

 それを伝えたら「一人渡すのに2日もかかんのかよぉ、カンベンしてくれよな、中山よぉ」 

 「カンベンしてくれはコッチだっつうの。2日<>だぞ」
 「ああ、そうならそう言えばいいのに。性格悪いって言われるだろう、お前?」と坂本。
 言い返す気すら失ったよ。

 憎堂一家の三上が腹を立てているのは、長野がアイツに連絡を「しないこと」。突如、カオリさん=ひめのが失踪「したこと」。中間報告も「ないこと」--この三つ。この要点を伝えるだけ。

 で、長野に落とし前をつけさせる。

 確かに、秘書「任せ」な長野の態度は、オレも気に喰わない。人ごとなのか、と思うほかないんだよな。自分で、どうにかしようとする意思を表示しないことだけでも、なんだかムカついてくる。

 正義だとか、悪だとか、倫理的なものではない。通念の通用しない世界にそんな定規は不要。ただ、確かなことは「人として」どうなのか、という違和感。

 夜中の1時を15分過ぎていた。

 店は徐々に混み始めてくる。夜中に起こったトラブルの解決をする場として、ウラの世界の連中は入店してくる。店主黙認のもと。

 「坂本さんよ、混んできたぜ?敵対組織だったりとトラブったらまずいんじゃねえのか?」
 「それが仕事なんだよ」
 「ズレてんだよな。ここで火事起こしたら、長野を連れて行けねえだろう?」
 「ナマイキだな、お前ってやつぁよ」

 違うんだって。

 話が頓挫しちまうから、本当にカンベンしてくれ。確かにヌケているところはあるが、坂本は腕っぷしが強い。殴りかかってくる可能性もある。ここで殴り合いになっても、損でしかないのにな。

 「ああ、ナマイキですよ。敬語にすればいいでしょうか?坂本様?」
 「うぜぇヤツだ」
 「感情のコントロール出来ねえと、今入ってきたヤツみたいになんのがオチだ。言っていること、分かんよな?」と、ケガを負って急いで店内に入ってきたヤツ一人を指さして、坂本に迫った。
 「ヘタ打ったか」
 「そのヘタをアンタが打ちかねないって、だから。ギスギスしてここでケンカしても、後のち三上にオレら『二人』が詰められんだぞ」
 「・・・」

 指をさしたのは、恐らく半グレ集団のメンバー。ここにきた理由は一つ--。健康保険証の不正利用だ。健康保険に入れない、ウラ稼業の連中に店主は、保険証を貸し出ししている。

 医療代10割負担のうち、5割はマスターのところに入る仕組み。

 この時間帯になると、客が--悪い意味で--賑わうようになる。酒類をあえて、メニューに置かないのは客同士でのトラブルを未然に回避するため。

 酒類も提供する、別のアウトロー御用達の喫茶店は、ヤクザモンとの抗争事件の現場になってしまった。

 ここの店主は、その前例を踏まえ出さないと決めている。酔うと本性が出て暴れるからな。トラブルを事前想定して、自分のシノギを開拓したんだ。器用だよな。

  さて、そろそろ話を済ませたい。

 もうじき、トラブルにはならなくとも荒れる可能性が高い。その前に早く・・・と、思った矢先のことだった--ホストの店主、北条がどこの馬の骨かわからないヤツと話していた。

 「坂本さん、ワリィ。とりあえず話はそういうこと明日の夕方5時にここでまた話そうぜ」と言い、1,000円を置いてイスを立った。

 その足で北条のもとへ、勢いよく進んだ。


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