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短編小説 『僕らの銀河鉄道の夜』


『天の川銀河系 Z4016号特急列車にご乗車の皆様にご案内申し上げます。本列車は間もなく、次の駅に停車致します...』

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昔友達の部屋で見かけた、ある物が僕の心を掴んで離さなかった。それは星型の蓄光シール。明所で溜めた光で、暗闇をほのかに照らす。友達は自室の天井にこのシールを貼り、自前のプラネタリウムを作っていた。僕はそれが羨ましくて堪らなかった。

ある日僕は、親に一生のお願い、とせがみ倒してついに星型蓄光シールを手に入れた。部屋の天井に星を敷き詰めると、僕は揚々と夜を待った。とっぷりと日が暮れてから僕は潜った布団から天井を見上げ、電灯のリモコンの消灯ボタンを、親指の腹で力強く押した。

次の瞬間、僕の眼前には数え切れないほどの星々が瞬いていた。天の川が視界の右から左へ流れている。北限にはカシオペア座のW字。星間の境目は白く曖昧模糊としている。その中で一際目を引く輝く星の一団が、ゆっくりと川の中を動いている。

僕は最初、これは夢だと思った。こんなに沢山のシールを貼った覚えはないし、ましてや動くシールなど。星の一団は動き続け、少しずつ大きくなっていった。やがて遠く遠くから汽笛のような音が聞こえ始める。等間隔に野太く響く重低音が自分の鼓動と重なり、大きくなる。これは僕の心臓の音なのだろうか。光の束は轟音と共に車輪のように回転しながら徐々に近づき、目前まで迫る。大きな車輪が音を立てて止まり、吐かれた煙が晴れるとそこには、小さい頃に絵本で見たSLのような巨大な鉄道列車が現れた。僕は思わず布団から飛び出ると、その重厚な車体を見上げた。蒸気を受け僕の髪はばたばたと揺れ、パジャマの裾も暴れていると言うのに、不思議と寒さは感じない。

先頭車両の後部ドアがゆっくりと開く。停車時間は5分です、ご乗車されるお客様は切符を拝見致します、という声が聞こえる。帽子を深くかぶり外套に身を包んだ大男がドアの前にのっそりと立った。暗くて顔はよく見えない。僕はポケットに入っている切符を指先で触る。なぜだろう、ここに切符があることを随分前から知っていた気がする。さあ行こう。冒険のはじまりだ。僕は車掌に切符を見せ、短い階段を上る。右、左、右、左。僕は、右腕を顔の前にかざしながら車内から漏れ出る強い光の中へと、しっかと歩を進めていった。


***


その晩、ある病院で一人の少年が静かに短い一生を終えた。時を同じくして別の病室では、小さな新しい命が産声を上げた。赤子は最初、外界の光に目を細めていたが、しばらくすると我々には聞こえない何かに応えるように、きゃっきゃと両手を差し伸ばして左右に大きく振り始めた。


『...この列車は天の川銀河系 Z4016号特急列車。
ご乗車の皆様、快適な銀河の旅をお楽しみください...』


赤子の嬌声は列車の姿が小さくなり、見えなくなるまで響き渡った。

天の川の星々は、それを心ゆくまで楽しんだという。


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