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迷路の出口を探していただけ

 迷路のなかではひたすらに必死で、ただどうすればいいか、出来る限り傷付け合わないように、賢明に対処したいと最善を考えていた。始終、全身で不快感として感じ取っていたのは相性の悪さで、予知していた悪化の一途。何度も、わたしたちは連絡取らないようにしましょうと伝え、試みた。それを相手方は、自分が口先で言う人なものだから、わたしも同様だと、気分に任せて口先で衝動的に言っているだけだと受け取る。その為わたしの伝える、“連絡を取りやめたい理由”は、彼には攻撃として捉えられ、応酬的に攻撃を目的とした、もしくは自身のプライド保護を目的としたマウンティングで返される。彼はひとしきり長時間まくしたて終わると、すっきりするのか、必ず表面的な反省をして愛嬌モード全開に切り替わり、謝り尽くしてわたしを呼び戻す。わたしも最終的にはいつも情に流される。まぁ悪いひとじゃないんだよなと。斜め上で、面倒で頭おかしいと思うけどまぁ面白いとも思える。憎めないひとですねと。流されるべきじゃなかった。意志を強くきっぱり距離を取るべきだった。

 2023年7月。異動初日。わたしはとある高級層の有料老人ホームで働いている。デザイナーズマンションのような素敵な建物で、入居されている方は一流企業の社長夫人だったり、芸能人のご家族様だったり、社長、会長、一流のクリエイターだった方など。お世話をさせていただくのも光栄で、品性や人間力や上質な振る舞いの、とんでもなく秀でた方々に接し、日々背中から学べるところや、相応のレベルをこちらに求められる事で自らが成長させて頂けるところ、生活の一部として深く関わりを頂き心の交流で思い合える事、その方のお身体や心や尊厳や人生を総じてお守りする使命も、気に入っている。加えて、高齢になると人は愛らしくなる。尊敬と愛らしさが組み合わさるって最強なんですよ。お一人お一人の事が大好きで、お客様(ご入居者様)の事は基本的に絶対嫌いにならない。叱られれば、成長のきっかけを頂くことに感謝を持つ。苦情があれば、どんな思いでいらっしゃるのか、というところに意識が向き、お客様の立場で思案する。仕事は丁寧なホスピタリティで行う事にこそ価値を感じる。プライベートで訪れた店で素晴らしい接客に感動した時には、救われるような感覚を覚える事があった時には、仕事に生かして人に返したいし、そういう原動力で仕事をしていたい。仕事観を簡潔に表すとしたら、わたしの仕事観はそれが全てかもしれない。
 それだけでいいしそれを死守していきたい。異動初日に出会ったものが、このあと暗い影を落とすとしても、自分の内側にある大事な思いは何にも汚されないように死守していきたい。

 これは、異動先で出会ってしまった、表面上は優しそうな好青年そうな、しかしすぐに露呈されていく二面性の激しい、斜め上な、笑いのネタとしてだけはチョット上等な、おかしなひとの話。そして延々に誤解を積み重ねられたわたしの真意の話。最善の道を模索した試行錯誤の話。わたしがいけなかった点もあった。選択を間違えたこともあった。だけど、この組み合わせで出会った事からお互いの学びがあるのだろうと思い、時には心を鬼にして、時には穏やかに冷静に努めて、時間も尽くし、懸命に言葉を伝えてきた。人には話さず誰にも助けを求めず、相手のプライバシーは守ってきた。感謝だけは忘れないようにしようとも最後まで努めてきたの。そして、指摘をするには本質を考えて心砕き、きつい事を率直に言うには体力も使った。いつまでも堂々巡りできることではなかった。

 それから、これはとても大事なことだから最後に。決して恋愛関係ではない。その人の事を好きになったことは一度もない。わたしはこんなひとを好きになんてならない。(相手には何故か都合よく歪んだ捉え方をされて伝わらなかったのだけれど)かなり初期から、護身のためにもはっきりそれを伝えてきた。恋をするという領域は聖域であって、恋に落ちる相手なんて人生で何人もいるものじゃない。悪いけど好みと感性ははっきりしているの。感受性は豊かに繊細にと育ててきたの。絶対に踏み込ませることはない。

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