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読書日記・入院編。『海が見える家 それから』はらだみずき著

田舎で育った人なら共感してもらえると思うのだけれど、近所づきあいの距離感が都会とは全く違う。わが実家は、田舎と言っても新興住宅地だったのでさほど町内が密接ではなかったものの、人口2万程度の小さな町では知らない人も知ってる人レベルに距離が近い気がする。

思春期以降のわたしは、周囲の人みんなが自分を知っていて、いつも見られていて、何かしら干渉される気がして、窮屈だった。息苦しかった。自分らしくいられなかった(子どもの頃から母に「自意識過剰なのよ。自分が思うほど他人はあなたを気にしていない」と言われていたけどw)。早くここから抜け出して、自由にのびのびと生きたかった。

環境こそ違えど、この小説の主人公と同じだ。彼は父親の死をきっかけに縁もゆかりもない田舎に住むことになる。その家には父親が合鍵を渡していた知人が留守中に出入りしたり、元が地域の集会所だったこともあり、知らない人が鍵なしで勝手に入れる方法があったり…。

生活空間への不法侵入はもちろんw、精神的なテリトリーへの侵害も含め、“個” が揺るがされていく暮らしの中で少しずつ変わって行く彼。まぁ、社会に出たばかりの20代前半で、 “個” を形成する成長途中だもんね。

自ら関わりたくて距離を縮めたい相手にも無理強いしない。相手が興味を持って距離を縮めて来る関係を煩わしく思わない。こんな素養を持っているなら、いい方に向かわないはずがない。彼より、彼の姉が危う過ぎる。多分この先も色々やらかしてくれそうである。

IターンやUターン者の地方での起業、自給自足のための家庭菜園から始まる農業や海釣り、祖父母世代の人達との近所づきあい…。まさにわたしの周囲にリアルで “あるある”。みんなが小説みたいにうまくはやれないけれど、小説以上にうまくやっている人もたくさんいる。いろんな知り合いの顔が浮かぶ小説。

主人公の彼は、自ら何かを求めて田舎暮らしを始めたのではない。いわば、成り行きだ。望むものが多くなかったから、得るものが少なくても満たされた。他人の畑から野菜を盗むか悩むほど食べることに瀕して、自分に最低限必要なものが何か知る。若いうちにこんな経験ができるっていい。

定年退職したら田舎に家を買って自給自足の生活を…などと夢見ても、凝り固まった価値観や、思うように動けない体ではなかなか難しい。やり直しがきく年齢でお試し移住してみたほうがいいと思う。

わたしは、30年以上離れていた実家に戻り、アポなしで急に訪ねて来る親戚や母の友人に面食らった。ましてや、時間帯を選ばず、勝手にずかずか家に上がり込んでくる隣人に驚いた。東京のオートロックのマンション暮らしでは考えられない状況。プライバシーもスケジュールもあってなきが如し。

田舎暮らしに順応できるか否かは、大抵のことは受け入れられるしなやかな心と、年齢相応(以上)の体力と忍耐力、“ない” 暮らしを楽しめる余裕があるかどうかにかかっている、と思う。

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