薄闇があたりを覆い始める夕暮れ。
ミケちゃんは早めに出勤する事にしました。
蛾のママにスナックあげはの事を訊くためです。
スナック蛾のママは長いシルバーの毛並みが自慢のペルシャ猫です。
少し天然ボケでおおらかで正直なひとです。
昨日、猫おやじで親父さんと若くんと話し合いましたがミケちゃんは何かが引っかかっていました。
猫特有の勘です。
何か親父さんはまだ言っていない事がある…もしくは口に出せない何かがあるようにミケちゃんは感じるのです。
もやもやを抱きながらスナック蛾の扉を開けるミケちゃん。ドアのベルがちりんちりんなります。
「あッ！」
入るなりミケちゃんは目を見張りました。
ママがローテーブルの上に大の字になって寝そべっていました。
「ママ！なんでそんな所で寝てるの！」
ミケちゃんは叫びました。
ママは気持ちよさそうに寝入っています。
「ママ！起きて！そろそろお店開ける準備しなきゃでしょ！なんで布団で寝ないの！」
ミケちゃんはママを叩き起こしました。
「あらあ、ミケちゃんひさしぶりね〜。元気だった〜？」
ママはあくびをしながらよっこいしょと起き上がりました。
「ひさしぶりって1日しか会わないだけじゃない。なんでテーブルの上で寝てるの。ここはグラスや灰皿を載せる場所でしょ。寝る場所じゃないでしょ。」
ミケちゃんが言うとママは、「ああ、暑かったのよ。テーブルがひんやりして1番心地よいのよね。」とケロっと言いました。
ママは暑がりなのです。
「いっそ、毛を短くしたら？」
ミケちゃんはママに言いました。
「それもいいかもねぇ。でも何猫だかわかんなくなっちゃうわ。己のアイデンティティを見失っちゃうからだめね。」
ママは開店準備に取りかかりました。
といっても化粧をするだけですが。
水割りの氷やグラスやおつまみはミケちゃんがいつも準備します。
作業しながらミケちゃんはママに話しかけました。
「ママ、今日は訊きたい事があったのよ。
ねぇアーモンドフィッシュの小袋が全然ないんだけど。」
「訊きたい事ってなあに？アーモンドフィッシュなら昨日あたしが全部食べちゃった。おいしいわよね。あれ。」
「ママ！食い尽くしちゃったの！？チータラもチーかまもないよ！」
「あれはおいしいけど、しょっぱいから喉が乾くのが難点ね。」
「ママ！」
ミケちゃんはおつまみの買い出しに行かねばならなくなりました。
「おつまみを食い荒らさないでよね！もう！干鱈までない！柿ピーもない！」
ミケちゃんの叫びにママは鼻歌でマスカラをつけながら「料理するのが面倒だったからあるものですませたのよ〜。食べだしたら止まらないってやつね。」と返します。
「あー冷蔵庫にわさび漬けしかない！漬物がない！梅干ししかない！」
ミケちゃんの叫びはないない尽くしでした。
「どうすんのよぉ！おつまみなかったら様にならないじゃなーい。アタシが今から買い出しにいくわけー？」
ミケちゃんは開店前にひと仕事するハメになりました。