見出し画像

鼻のけもの バナナサンデー第15話

(わあ、切り干し大根の匂いがぷんぷんするぞ!)
厨房のボウルの中で切り干し大根を戻している。そこからひなびた大根の匂いが空気中に漂ってくる。
鼻のけものが大根の匂いに気を取られているうちに店主はバナナの皮を剥き、スライスし、サンデーグラスの底に緑のシロップを入れ、コーンフレーク、バニラアイス、バナナと盛りつけ、仕上げにホイップクリームとバナナを飾り、カラフルなチョコスプレーを散りばめた。
バナナサンデーが出来上がる。
白いホイップクリームとバナナの優しい色合いのサンデーだ。
細くて長いパフェスプーンとフォークの先を紙ナプキンで包み、トレーに載せてカウンターの女性客の元へ運ぶ。
「お待たせしました」
目の大きい女性客は張りつめたような空気をかもし出していた。
店主は色白の彼女の腕をちらりと見た。
手首には傷跡が無数にあった。
それは白い筋のようだったが、紛れもなく傷跡だった。人間にはいろんな事情がある。
若い女性にも中年の男性にも。
それは老若男女関係なく人間として生まれれば必ず負わねばならないものだった。
「ごゆっくり」と店主は声をかけて、カウンターの内側に戻った。切り干し大根がぷんぷん匂う。
「はて、切り干し大根はこんなに自己主張をするものだったかなぁ」
店主は独り言を呟くと、細切りこんにゃくを下茹でした。それから椎茸を切り、人参を切り、油揚げを切り、それらを大鍋に油をひいてジャアジャア炒めた。ついで水気を切った切り干し大根も入れて炒めた。出汁を注いで適度に味をつけしばし煮る。
火の側は暑い。
店主はタオルで顔の汗を拭いた。
そっと首を伸ばしてカウンターの女性客を見る。彼女はバナナサンデーを前にあまり食が進まないようだった。
ホイップクリームをかぶったアイスが溶けかけている。
(こんな暑い日は、よくようがバナナサンデーを食べたがったな…)
店主は死んだ息子の事を思い出した。
学校から帰って来ると息子はちょうど今、女性客が座っているカウンターの隅で宿題をしていた。宿題が終わるとおやつを食べてよいことになっていた。
その頃は今と違って甘い物がたくさんメニューにあった。
妻がフルーツを使った品が得意だったのでまるでフルーツパーラーといってもいいような店だったのだ。
息子はいつもバナナサンデーが食べたいと言った。シンプルにバナナだけのサンデー。
妻はりんごやオレンジの飾り切りに凝っていたので腕のふるいようがなくてつまらないとよく言った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?