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地域における脱炭素の取組 デジタル技術による共有知への貢献

地域の観点から環境問題の解決に向けた研究活動を行っている公益財団法人地球環境戦略研究機関(IGES)の藤野純一さんに、IISEソートリーダーシップ推進部のメンバーがお話を伺いました。

藤野さんは、国立環境研究所での「2050年日本低炭素社会シナリオ研究」(2004-2008年度)をはじめ、脱炭素社会に向けた研究を長年おこなわれてきました。2019年よりIGESに移られ、環境省「地域脱炭素先行地域」評価委員会委員(座長代理)などの活動をおこなわれています。

公益財団法人 地球環境戦略研究機関(IGES) 藤野 純一さん

地域脱炭素のカギは地域の人材

 
——藤野さんは国立環境研究所でご活躍ののち、IGESに移籍されました。現在の活動で力を入れていることはどのようなものでしょうか。

藤野:国立環境研究所では気候変動を中心に研究し、社会や経済における気候変動対策の価値づけが重要なテーマだと思っていました。IGESでは、気候変動のみならず、ネイチャーポジティブやSDGsなどに広げた活動をおこなっています。それらがシナジーを持って進められる必要があり、デジタルがどのようにそれを後押しするのかについて、すごく興味があります。

「地域脱炭素先行地域」評価委員会委員として、地域企業などが脱炭素に向けたビジネスに関われる仕組みづくりに向けて、自治体のサポートなどをしています。日本の自治体のノウハウを海外に伝えることにも携わっています。マレーシアのイスカンダル開発地域における低炭素社会シナリオづくりの支援などをおこなってきました。

——脱炭素による地域活性化のポテンシャルと課題はどのようなところにあるのでしょうか。

藤野:地域における脱炭素のポイントは、施策を実行できる人がいるかどうかです。やる気だけでなくエネルギー問題や地域経済などについて知見がある人がいて、その人を支えるチームを地域で作れるかがカギを握っていると感じています。再エネに投資をして地域で資金を循環できた方が、外から化石燃料を買い続けるよりも絶対に得で、施工や運営管理・メンテナンスビジネスを地域でおこなうことによって雇用も生まれます。省エネも同様で、建物の断熱性能や気密性能を高めることが健康や労働環境の改善につながります。

——人材が重要ということですね。

藤野:その地域にずっと住んでいる人だけでなく、一度都市に出てUターンした人や、Iターンで移り住んだ人たちが活躍できる場所になっているかが重要です。そこで活躍している人を若い人が見て育っていくような関係性が、地域でできてくるといいと思っています。地域の人が施策の主導権を握ることが大事です。

——知見の共有や体系化も重要ですね。

藤野:脱炭素先行地域ではガイドブックを作っていますが、74地域の事例があり、それぞれ事情が違います。うまくいっていない場合には、その理由も大事です。どういう風にノウハウとして体系化するかは、今後重要になります。エネルギービジネスが地域で成り立つ要件など、公共の視点だけでなくビジネスの視点がないと、横展開にはなりづらいです。

——行政の観点では、どのように施策が進められていくのがよいでしょうか。
 
藤野:国はリアリティを持ちつつ野心的なエネルギーシステムを示す必要があります。夢があり、挑戦しがいがあるビジョンです。まずは自治体などの単位で、いろんな取組に挑戦していくのがよく、地域にトップレベルの知恵を入れ込んでいくような場所をつくることが増えていいと思います。外部の人材に一時的にリードしてもらい、その人が抜けた後にもプロパー職員が成長してリーダーになっている自治体もあります。
 

脱炭素の目標は昔よりアグレッシブに


——17年前に策定した「2050年日本低炭素社会シナリオ研究」で想定していた社会と比べて、現在の日本の取組は想定内でしょうか。
 
藤野:再生可能エネルギーについては、当時想定していたよりも導入しやすい環境になったかなと思います。東日本大震災という大きなショックが起きたことも背景にありますが、グローバルで太陽光や風力をはじめ、再エネの値段が一気に安くなったことが理由だと思います。当時は再エネ導入拡大のシナリオについて、有識者から現実的でないと猛批判されました。東日本大震災を起因として原子力災害により原子力発電の継続・増強が難しくなったことも当時の想定との違いでありますが、2015年に採択されたパリ協定の2℃目標から2050年脱炭素を目指す1.5℃目標にシフトし、日本政府も2020年にカーボンニュートラル宣言をしました。ほかに家庭での省エネや水素の導入など、傾向的にはそれ以降の国のシナリオづくりの土台になっているかな、と思っています。
 
——温室効果ガス削減目標は、当時としてはアグレッシブだった「2050年日本低炭素社会シナリオ研究」でも2050年「70%削減」であり、「カーボンニュートラル」ではありませんでした。
 
藤野:今は国がカーボンニュートラルを掲げており、よりアグレッシブになったという意味で、想定していなかったプラスの面になります。当時は70%削減でも、有識者から「そんなのはありえない」「今より増加しなければ十分でしょう」と言われました。ただ、我々はIPCC報告書などの科学的見地を反映すると、それくらいの削減は必要だと考えていました。
 
——近年の気候変動による自然災害はすさまじいものになっています。当時と今とでは社会の危機感が違います。
 
藤野:残念ながら最近は大雨や台風の影響などで、気候変動の影響が目に見える形になってしまっています。一方で、再エネや省エネの取組は、みんながやろうと思えば実際にできることがわかるようになっています。これらの取組を「我慢」してやるのではなく、「お得感」を実感する方向に変わってきている気がします。教育でも地球温暖化やSDGsのことを教えていて、若者を中心として社会の認識がかなり変わってきています。あともう一押しあれば、行動の動機づけが定着すると思います。
 

デジタル技術によって知見の共有が加速


——気候変動をはじめとする環境問題の解決に向けて、デジタル技術にはどんな役割が期待されていると思いますか。
 
藤野:デジタル技術でいろんなものの効率化、記録・データ化、ネットワーク化ができるようになると思います。その先で期待しているのは、いろんなシナジーが起こりやすくなることです。知見が共有しやすくなることで学習のスピードが増して、地域での実践をもっと早くできるようになるなどです。
IGESでの東京都とクアラルンプールとの間の低炭素・ゼロカーボン都市構築の知見共有のプロジェクトでは、コロナ禍で現地に行けなくなりました。コロナ禍前は現地に行かないと話が進まないことがありましたが、リモート会議でつながるようになると、逆に具体的にディスカッションが進むようになりました。お互いにどんな情報が必要かを具体的に特定して進めるようになったためです。
デジタル技術によって、すぐに情報を見つけられる、知見を持つ人を紹介できる、知見をケース分けできる、などで人のつながりが円滑化されることを期待しています。個別の事例を言語化し、暗黙知が見える化されることで、共通のノウハウができあがるようになるとよいです。英訳も簡単になり、日本から英語での発信もしやすくなります。
 
——我々は環境問題の解決のためには、見える化、分析、対処していくというスパイラルが大事だと考えています。さらにそれを仕組み化し、みんなで共有するプラットフォームができていくのがよいと感じました。
 
藤野:やはり見える化が大事だと思っています。例えば、海の変化、畑の変化、環境DNAなどを市民が観測してデジタルに乗せていく。見える化によって、どうやったら改善できるかの補助線がつけられるようになります。そのために、データをどのように共通の財にしていくかも重要な観点です。
デジタル技術で、未来社会をデザインできる「まじめに面白がる人」をサポートできるようになるといいと思います。脱炭素のために暮らしの質を下げる必要はまったくなくて、その背景にあるテクノロジーを変えることで暮らしもよくなる。デジタル上であれば、思い切ったデザインをいくつもつくって実験できる。それはまちづくりでも応用できると思います。

聞き手・文:国際社会経済研究所(IISE) ソートリーダーシップ推進部 藤平慶太、畔見昌幸、崎村奏子
 

Editor’s Opinion


再生可能エネルギーをはじめとする環境ビジネスは、地域活性化のチャンスになりえます。一方で、地域間で温度差があることも事実です。行政や地域企業にパワフルな推進役がいる地域は、そのチャンスを活かしています。藤野さんはこれまで地域のサポートをおこなってきた経験から、人材育成や知見共有の重要性について述べられていました。デジタル技術は、人や情報をつなげることでそれらに貢献できることを、あらためて考える機会となりました。(IISE藤平慶太)

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