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欧州の新デジタル戦略“Web4.0”――欧州市民パネルの勧告に事業のヒント(後編)

国際社会経済研究所(IISE)のThoughtsデザイナーの気付きを掲載するnote。 欧州のWeb4.0政策に関して解説します。

欧州連合(EU)のデジタル戦略として、欧州委員会が7月に打ち出した新戦略“Web4.0”は、「高度な人工知能とアンビエント知能、モノのインターネット、信頼できるブロックチェーン・トランザクション、仮想世界、XR機能を使用したデジタルと現実の環境を統合したもの」と定義しています。EUのビジョンと価値観に沿ったWeb4.0/仮想世界の産業を推進するのが狙いであり、前編はそのコンセプト、4つの柱と10の施策について解説しました。後編はこのWeb4.0戦略採択のきっかけになった4月の欧州市民パネルによる23の勧告について説明します。

※欧州委員会のプレスリリース:EU strategy to lead on Web 4.0 and virtual worlds (europa.eu)

前編はこちら


1.欧州市民パネルの23の勧告――8つの市民共通の価値観と原則も

市民パネルの勧告が新戦略のより所に

欧州委員会が目指すEUのビジョンと価値観に沿ったWeb4.0とはどんなものなのでしょうか。ヒントは23年2月から4月にかけて開催された「仮想世界に関する欧州市民パネルの勧告」にありそうです。

欧州市民パネルは、年齢・性別・社会経済的背景・教育・地域(国籍および都市/地方の居住地)の観点からEUの多様性を反映する140名の無作為選出された市民によって構成され、欧州委員会の専門家や外部専門家の支援を受けて、「公正で望ましい仮想環境の開発に向けた一連の指針と行動」を策定しました。欧州市民パネルは、「欧州の公正な仮想世界のための8つの市民共通の価値観と原則」と「23の勧告」を提示し、EUのデジタル権利、法律、価値観に基づいて仮想世界の開発が行われるべきであることを強調しています。欧州委員会はこの勧告を受けてWeb4.0戦略を採択しました。

8つの市民共通の価値観と原則」は以下の通りです。

① Freedom of choice : 仮想世界の利用は個人の選択の自由
② Sustainability : 環境に優しい必要がある
③ Human centered : 技術開発と規制はユーザーの権利や期待を尊重したものに
④ Health : 開発と使用について、人間の精神的・身体的な健康(への配慮)が必要
⑤ Education & literacy : 使用方法に関する教育、意識向上、スキルが重要
⑥ Safety & security : データの保護・改ざん・盗難の防止など、安全を確保する必要がある
⑦ Transparency:
i. 透明性のある規制により、人々、その個人データ、心理的および身体的健康が保護される
ii. 透明性がある第三者によるデータ使用
⑧ Inclusion:年齢・収入・スキル・技術の利用可能性・国などに関係なく、全ての国民が平等にアクセスできるようにする必要がある

Staff Working Document: Citizens’ panel report on virtual worlds”より筆者が一部抜粋・和訳

市民や若者の意識向上狙い学校教育プログラムの導入など推奨


「8つの市民共通の価値観と原則」とあわせて、「23の勧告」を眺めると欧州委員会が考えるWeb4.0の世界観の解像度が上がります。ここでは推奨事項の説明と誰に対してメリットがあるのか、どのように進めるのかが示されています。市民パネルの参加者が23の勧告に関して1~6の6段階評価をしており、評価5以上のものが12件ありました。もっとも評価が高かったのは⑩の「仮想世界とデジタルツールに関する教師トレーニング」というもの。EU加盟国の生徒の教育を改善するために教師に対して(1)デジタルツールの実際の利用(2)仮想世界内でのリスク・安全・倫理(3)仮想世界を通じた新しい教育の機会――に関してのトレーニングを受けることを推奨したもので、「EUは加盟国に対し、教師研修に“仮想世界とデジタルツール・コース”を組むこむべきであり、認定資格も必要」だと勧告しています。新戦略の推進において、価値観とその原則を学校教育に取り入れることが、Z世代に代表される若い人たちの意識向上に繋がると期待されています。

表1 欧州市民パネルによる23の勧告

プレスリリース“EU strategy to lead on Web 4.0 and virtual worlds”より筆者が一部抜粋・和訳

2.Web4.0でのルールで主導権握る

「デジタルの10年(Digital Decade)」の方針の下で推進

EUは大きな方針として21年、2030年までの10年を「デジタルの10年(Digital Decade)」とし、インターネットの世界でのEUの主権を確立、人間中心で持続可能なデジタルの未来の実現を目指す考えを示しています。欧州のデジタル市場の課題として、GAFAなど米大手IT企業のシェアが大きく、特にクラウドサービスでは米中の企業に依存していることが健全な競争を妨げ、データ保護・活用の観点からも課題だと考え、デジタル化を進める上での法律・通信環境の整備を続けてきました。

仮想世界の市場規模についてEUは21年の362.6億ユーロから30年に9182.3億ユーロに成長し、同じ30年に仮想世界経済圏は約12兆ユーロになるとの調査を紹介しています。現在、Web3やメタバースをめぐり、グローバルなルールメイクや技術標準化について、各国政府・民間で議論が交わされています。EUはこれらをひっくるめてWeb4.0との概念を掲げて、欧州市民が安心・安全に利用できるEUの価値観と原則を反映したルールづくりをすることで、GAFAなど米大手IT企業等に対抗し主導権を握る構えです。今回EUが示した方針が国際競争のルールに大きな影響を与える可能性があるため、今後も動向は注視すべきでしょう。

Web4.0にあわせたデジタルIDも

もう一つの観点として、今後はWeb4.0の利用には欠かせないデジタルIDについても、重要性が高まるでしょう。デジタルの世界では体験が異なればデジタルIDに異なるアプローチが必要になる可能性があります。今まで匿名のデジタルIDが多く利用されてきましたが、金融・教育・ビジネス領域でのWeb4.0の適用が広がるにつれて本人確認のニーズが高まり、信頼できるデジタルIDが必要とされるケースも増える見込みです。その意味ではEUで並行して進むデジタルウォレットのeIDAS2.0(EUデジタルIDウォレット/EUDIW)計画の動向に注目です。これは希望者がスマートフォン・アプリとして提供されるウォレットに氏名、年齢などの個人情報やデジタル運転免許証といった資格情報を入れ、銀行口座の解説やオンラインショップ等の必要な場面で提示することができるというもの。すでに4つのコンソーシアムでユースケースを確認するPoCが実行されており、25年ごろには一部導入が見込まれています。EUは2030年までに市民の80%が主要公共サービスでのデジタルID利用を目指しています。
 
今回のテーマ「欧州の新デジタル戦略“Web4.0”」では2回に分けて、欧州委員会の目的と内容、その意味について解説しました。今後も市民パネルの勧告や欧州委員会の10の施策(Action)、そしてWeb3やDGDF(Digital Government / Digital Finance)について大きな潮流が出てくれば紹介していきます。


名和 達彦
国際社会経済研究所(IISE)Thoughtsデザイナー。新聞や電子メディアの経済記者・デスクとして日銀・日米の金融資本市場・コモディティ・国内企業等を長年取材した後、金融・経済情報会社にてFinTech領域のオープンイノベーション推進や、米サンフランシスコのFinTech企業や大手暗号資産交換業等へのスタートアップ投資を経験。現在、IISEにて金融/行政DX分野のThoughts デザインを担当する。プライベートでは、プロボノ活動として分散型科学を推進するDeSci.Tokyoをサポートしている。


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