不連続ノート小説・ないものはない(3)「眠れる王子はかく語りき」

 幸い飲酒はしていなかったので私の車で行くことも可能だったが、自分の車で行って駐禁を取られることほど警察官として本末転倒なことは無いので、電話をして来た東堂巡査部長に近くのコンビニまで迎えに来てもらうことになった。家は隣の多摩区の登戸のぼりとなので、現場の菅生までは車で飛ばしても十五分は掛かる。

 本当は宮前区内に家を構えたら楽なのだが、警察官はいつ異動の辞令が下るか判らないので、今が楽でも次は小田原署や葉山署など川崎市から離れた場所へ異動する可能性もある。それを考えると、どこに居を構えても同じなのである。たまたま家を建てるタイミングで宮前署への辞令が下ったのでその近辺の物件を探した結果が、今住まいがある隣の多摩区の物件だったのだ。満足とまでは行かずとも、そんなに不満は無い。ただ、出勤する時に自宅周辺の管轄である多摩警察署の横を通らねばならないのは、とても複雑な思いである。

 まだ陽が昇り切っていない薄暗い空の下、コンビニの前で待っていると、一台のスカイラインがヘッドライトを光らせながら私の方へ近付いて来た。運転していたのは、くだんの東堂巡査部長だ。手を挙げて自分の存在を知らせる。東堂もそれに気付き、覆面パトカーのスカイラインはゆっくりと私の前に止まった。その礼を表すように、手刀を切りながら私は助手席に乗り込んだ。

「悪いな、手間取らせて」

「いえ、こちらこそこれから非番だったのに呼び出してしまって申し訳無いです」

 八の字に眉毛を下げて東堂は謝る。決して顔が大層良いわけでは無いのだが、この困り眉毛をされると途端に愛嬌が滲み出てくる。浪費癖が激しいのは共に働いて来て判っているので、もしかしたら、離婚した元奥さんはこの表情で許されようとすることに疲れたのかもしれない。ふと、以前見せてもらった奥さんの写真を思い浮かべた。確か、タヌキ顔と呼ばれる系統の顔立ちだった。

「仕方無いよ、刑事なんてのはこんなことの繰り返しだ。お前も任官してもう長いなら判るだろ?」

「まぁ、何だかんだ言っても刑事課に着任して十年くらいですから、そりゃこの仕事の不規則さは身についてはいますけれど。綿さんはどうなんですか?」

「だから仕方無いって言ってるだろ。何度も言わせるなよ」

 失礼しました、と東堂がハンドルを握りながら少ししょげたように返す。そんな雰囲気を作られてしまっては、まるでこちらに非があるようではないか。私はただ、さっきも「仕方無い」と言ったからそれをもう一度言うことをしたくなかっただけなのだが。刑事としては着眼点も良いので私自身は買っているのだが、時にこうゆうわざとらしい表情と雰囲気で人の同情を買おうとする部分はあまり好かない。それでも、仕事はちゃんとする人間だとは評価していることだけはここで伝えておきたい。

「それで、現場はどうなんだ?」

「あ、はい。まだ詳しいことは聴いてはいないんですが、ガイシャは男子高校生のようです。現場も公園ですし、何でそんな所で亡くなっているのか……綿さんはどう思われます?」

「他殺なのか、自殺なのか、はたまた事故なのか……まだ現場観てないから判らない、何とも言えないな」

「まさかそんな所で命を断とうだなんて普通は思いませんからねぇ、僕も昔大学の友人の家に遊びに行った時に現場の公園行ったことありますけど、本当に至って普通の公園ですよ。ブランコがあって、ジャングルジムがあって、鉄棒があって、ちょっとしたアスレチックがあって……別にそんな奇をてらった遊具も無いですし」

 確か、東堂の出身大学はこの近くだったはずなので、その記憶は東堂にとっては間違っていないのだろう。しかし、東堂が大学を卒業してからもう十五年くらい経つはずだ。そんなに時間が空けば、全てのものは何かしら変わる。物のみならず、人だって変わりゆく。東堂だって四十年近く生きているのだ、そんな事はどんだけぼんくらでも感じているはずである。

 別に東堂を責めてなじろうとしているわけでは無い。ただ、先入観は人の思考を鈍らせる。ましてや、私たちのような決して無辜むこの民に冤罪をなすり付けることをしてはならない人間がそれを捜査の材料にしてしまうと、あるはずのない事実が生まれてしまう。そしてその事実は真実を葬る。私たちは、ひたすら事実だけを紡いで一つの事件を解決へと導かねばならない。

「もしかしたら、新しい遊具が入っているかもしれないじゃないか。それに、何が普通かなんて、その人それぞれだろ。お前が決めることじゃ無い」

「まぁ、そうなんですけど……。ほら、こうゆう先入観は先に吐き出して捨てておいた方が、捜査はやりやすいと思いまして。綿さんだって昔は先入観で捜査していたりしたんじゃないですか。それで一度やらかしたって聴きましたよ」

 いきなり古傷をえぐるようなことを言って来る。東堂の言うように、私も昔先入観で捜査を行っていた。けれど、その己の先入観のお蔭で自分の人生が終わりかけたのだ。別にここでつまびらかにするようなことでも無いので、詳細は言わない。

「だからこそ先入観は捜査で御法度なんだよ。私は自分がそれを知ってるから、人が先入観で物を進めて行くと、どうもむず痒さが止まらないんだよ」

「あぁ、共感性羞恥ってやつですね。ほら、人がしている行動があたかも自分がしているかのように思ってしまって、恥ずかしさを覚えるってことあるじゃないですか。あれですよ」

「名前は知らんが、お前さんの言うのを聴くとそうかもしれんね。ただ、恥ずかしいってよりは、危ないものを放っておけない義務感みたいなものなんだがな」

 はぁ、そうですかと東堂は答える。何だその気の抜けた返事はと思い、チラッと彼の方を観る。あまり気にしていなかったが、彼の着ているスーツはちゃんとシワが伸びている。適宜アイロンを掛けているのか、それともクリーニングに出しているのか。正直どちらでも良いのだが、どちらにしてもそのようなことをする時間を作っていることは生活感があって面白い。いや、最近は形状記憶機能のあるスーツが出ているのでそれなのかもしれない。

「そう言えば、お前さんの子供いくつになった」

「今年で八歳、春に小二になります」

 東堂と別れた妻の間には一人息子がいる。確か、名前をともと言った。一度写真を見せてもらったことがあるが、とても快活そうで明るい笑顔を浮かべていた。親権は母親の方に渡っているが、月に二度ほど面会の日にちを設けていると東堂は言っていた。

「会えてるのか、最近は」

「先々週ですけど、息子が好きな映画がやっていたので一緒に観て来ました。まぁ、別れた妻もそこにはいたんですけど」

 東堂とその別れた妻――確か、ひとみと言う名だった――は離婚したにも関わらず、関係は良好であると彼の口から聞いたことがある。私はいくつも夫が仕事にかまけて夫婦生活に終止符を打った人間を知っているが、そのどれもが別れた妻との関係が冷め切っていた。それ故、離婚しても高い頻度で会うようなことは行おうとはしていない。東堂たちはそう考えると特殊なのかもしれない。まぁ、子供がまだ小さいので、親権者が保護者として同伴しているだけなのかもしれないのだが。

「奥さん――あぁ、もう元奥さんか、元気だったかい」

「そんなに長い間会ってないわけでは無いので、特にこれと言った変化は……いや、髪色が変わってましたね。アッシュブラウンからマロンブラウンに」

「何だ、茶色から茶色に変えてるのか。私は気付かないかもしれないなぁ、髪の長さが変化しているならまだしも、髪の色が変化しただけなら」

 そう言いながら、以前妻が美容院にて髪の毛を五cmカットしたと報告してきたことを思い出す。そりゃ美容院なのだから髪の毛の何かしらはしに行ったことは判ったが、五cmだけカットしていても一見何の変化も見られなかった。その時は「似合ってるね」と当たり障りの無い回答をしたが、内心では「サイゼリアの間違い探し」と思っていたことは今も秘密である。そして、その後自らの部屋にて定規で五cmを測ったことも秘密である。

「男性と女性では、色の識別能力が異なっているそうですよ。僕もあまり詳しくは判らないですけれど、脳の処理能力が関係してるとからしいです」

「ほぉ……人間平等には行かないものだな。にしても、そんな髪の色の変化に気付けるほどなら、別れなくても良かったんじゃないか?」

 そう訊くと、東堂はんんん……と言葉を選ぶような声を出した。

「別に、仲が悪くなったから別れたんじゃないので、そう言われても仕方無いのかなとは思いますけど、何と言うか……僕らは近過ぎたんです」

「近過ぎた?距離がか?」

「距離感もそうですけど、意識し合う範囲が近過ぎたんです。互いに相手の為にあれもしなくちゃいけない、これもしなくちゃいけないと思い過ぎて、息が詰まっちゃったんですよね、僕ら。それで一度距離を置いて、友達みたいな距離感で過ごそうってことで二人で話がまとまって……それで今こんな感じになってるんです。あまり人に共感を得たことは無いですけど」

 自分が言い出しっぺなのでこの会話に収拾をつけないとならないのだが、私の価値観の中で発出することの無かった価値観なので、どう回答すれば良いのか迷う。夫婦だからこそ、意識し合って関係を築くものだとの考えが私の頭の片隅にあったので、そこに息が詰まるほどの感覚を持ち、それでいて今も良好な関係を保っている東堂たちの夫婦関係は、よほど互いのことが好きすぎたのかもしれない。羨ましさとかは無いが、これも愛の形の一つなのだろう、と勝手に自分で腑に落とした。それ故、私の口から出たのは「まぁ、そうゆうこともあるわな」と漠然とした言葉だった。

「綿さんはどうなんですか、奥さんとの関係は」

「そんな人に言うようなほど悪くは無い……とは思うがな。あちらがどう思っているのかはさておいて」

 そう言いながら、今朝の洗濯機の一件を思い出す。靴下を裏返して欲しくなければ直に私に言えば良いのに、あんなまどろっこしい張り紙で警告をするなんて、どんな意図が妻にはあったのだろうか。今朝も普通に会話を交わしたので別に会話をしたくないわけでは無さそうだし、私以外の家族にも周知するようにあのような方法を採ったと思えば、あれが一番楽な方法なのだろう。

「またまたそんな謙遜なさって。僕知ってますよ、綿さんがデスクのカレンダーの結婚記念日の日付に印付けてたの。隅に置けないですよ、本当に」

「……最近忘れっぽいから印付けただけだよ、そんな楽しみにしてるとかそんなことでは無いよ」

 またまたぁ、と再び東堂は言った。忘れっぽいのと心待ちにしているわけじゃないのは本当だが、半ばそれは照れ隠しのようなものである。自分が選んだ人との記念日なのだ、忘れることは相手にも私自身にも失礼だろう。生憎、先々月だった今年の結婚記念日は別の事件の捜査に出張っていたので一緒に食事などは出来なかったが、来年は必ずちゃんと祝おうと決めた。その日くらいは平和な川崎の日々が流れていてほしいと平和を勝手に予約する。

「そんな事より、現場はまだか?」

「もうそろそろのはずですが……あっ、ここです」

 明朝ながらも既にそこには野次馬が群れを成し、警察車両も数台到着していた。人混みを掻き分け、規制線前の警官に警察手帳を見せてバリケードテープを潜り、その先のブルーシートの幕をめくって中へと入った。

「係長、お疲れ様です」

「おお、綿さんお疲れさん」

 私たちに気付いたのは私の上司に当たる刑事課強行犯二係長の名古政史なごまさふみ警部補である。私と同じ階級だが、年齢は私より八歳上の五十五歳である。本来ならば昇進して既にどこかの課長になっても良いような年齢とキャリアの持ち主ではあるが、本人が現場にいるのが好きであるがために昇進を拒んでいると聞く。私自身も係長代理として名古の側で過ごしてきたが、ひょろひょろと細長い身なりでありながら、事件を解決しようとしているひたむきさは時に感動を覚えるし、捜査員を動かす判断能力も長年の経験からか長けている。なので、私は名古のことは尊敬に値する人物だと勝手ながら思っている。

「悪いな、非番だったのに」

「いえ、それはお互い様ですよ。それで、ガイシャの様子は?」

「あぁ、あっちだ」

 名古がグーサインの右親指を遺体の方へ向ける。そこには現場を照らすように数脚の照明とモスグリーンの塗装が施されたジャングルジムが鎮座し、鑑識が数人その周囲を調査している。そのジャングルジムの真下にブルーシートが何かを覆うように掛けられていた。その傍らには、黒いスーツの人間の姿が見える。うちの捜査員の一人だろうが、ここの距離では誰かは判別出来ないので近付く。

「お疲れさん」

 私の呼び掛けに振り向いたのは、同僚の椎名しいなみちる巡査部長、二十七歳の女性警察官である。ちゃんと手入れをしているであろう光沢のある黒髪のショートヘアーが振り向くと共に風に揺れた。顔立ちはどこか蛇を思わせるような細い吊り目と大きな口だが、綺麗な笑顔をする。おまけに空手三段なので、以前彼女に組み伏せられた犯人の姿がアナコンダに捕まった獲物の姿のように見えたのは私だけの秘密である。

「あっ、綿貫さんお疲れ様です。東堂さんも」

「『も』って何だよ、『も』って」

「良いじゃないですか、そんな小さいこと。だから奥さんに逃げられるんですよ」

「それとこれとは関係無いだろ!大体……」

「君たち、ここは喧嘩をする場所じゃ無いよ。はしたない」

 そう私が諫めると、二人は口々にすみませんと謝罪した。どうしてこんなにもこの二人は反りが合わないのだろう。いや、逆に良いコンビなのかもしれないが。

「で、椎名、これが遺体か?」

「あ、はい。このジャングルジムから落下したものと思われます。ただ……一度視ていただけますか」

 そう言って椎名は遺体を覆うブルーシートを剥がした。そこには後頭部から血を流して倒れている制服姿の少年がいた。相当な衝撃だったのだろう、砂地の地面には円形に血が大きく浸み込んでいた。それだけ視れば、状況はこのジャングルジムから落下したことは明白である。しかし、それ以外の遺体の様子がそれが事故なのか自殺なのか、片や殺人なのかを惑わせた。

「――何で、こんなにこのガイシャ、幸せそうに笑ってるんだ?」

 その遺体は、不慮の事故に遭ったにしては幸せそうな笑みを浮かべていた。しかも、丁寧に手を腹の前に組んでいる。まるで、こうなることが自分の望みであったかのように。

「それが私も判らなくて……自殺でしょうか」

「事故で落下したならば、確かにこんなにこやかにはしないだろう……が、自殺と判断するのは早計過ぎるだろう」

「俺も綿さんに同意だ。自殺するからって、それが幸せなことだなんて限らん。それに、まだ捜査の『そ』、いや『S』の書き始めの段階だ。決めつけは後の捜査を攪乱させる。慎重に行くぞ」

 名古の発破に、私たちは捜査に挑むエンジンを各々掛けた。何か身元が判るような遺留品が無いか椎名に尋ねる。すると椎名は鑑識の一人を呼び、学生証を私に渡した。宇都薫、横浜市にある県立青葉あおば高校の三年生とある。その学生証の写真はまだ入学して間も無い頃に撮影したのだろう、まだ幼さの残る表情をしていて、二年後にこのような最期を遂げるだなんて夢にも思っていないようだった。

「青葉高校か、結構な進学校じゃないか。家はこの近くか?」

 私と一緒に学生証を観た東堂が呟く。私の家の近所でもこの高校の制服を着た高校生を見かけるので、その高校のことは知っている。クイズ番組でもその高校出身のタレントが活躍しているのを観たことがある。

「いえ、同じく所持していた保険証によると自宅は麻生あさお区内のようです。ここに来るには、バスで二十分程度掛かります」

高校が横浜にあるのなら、こんな所を通学で通るとは限らない。しかも、昨日は土曜日、大抵の学校は休みである。なのに、どうして宇都は制服を着ているのか。進学校かつ受験生なので、土曜授業があるのかもしれないが、それにしても授業が終わった後にわざわざこんな所にやって来る意味は何であろうか。誰かに連れて来られたとすれば、やはり他殺の線は捨てきれない。

「第一発見者は?」

「今百瀬ももせさんが話を訊いています。――それで気になったことが一つ」

 そう言うと、私たちに対して椎名は周りを気にしながら述べた。

「これ、おかしいと思いませんか?」

 学生証の写真と遺体を交互に指差しながら椎名は疑問を呈する。一体何を指しているのか、私には見当がつかない。もちろん、生死の違いは判るのだが。椎名はどんな間違い探しを我々にさせようとしているのだろう。

「どこがおかしいんだ?別に変わった部分は無いが。まぁ、こんな冬の季節にコートとかの上着が無いのは不自然だが」

    係長はどこがおかしいのか判らず、首を捻った。

「それもそうですけど、係長、よく観てくださいよ、ほら服とか」

 そうしてじっくりと写真と遺体を見比べると、椎名の言わんすることが判った。

「……椎名、このガイシャは男性だよな?」

「もちろんそうだろう、下がズボンなんだし」係長が私の質問に応えた。

「ええ、そうなんですけど、だったら、何で逆なんですか?――ブレザーの襟の重なり方が」

 学生証の写真で宇都が着ているブレザーは左の襟が上に来て、右側にボタンが付いている。つまりは男子用の制服である。しかし、私たちの傍らに横たわる宇都が着ているブレザーは右の襟が上に来て、かつ左側にボタンが付いている。つまりは――。

「女子用の制服……こいつは女子用の制服を着ているのか?何故、何の為に?」左右に首を振りながら、名古が問い掛ける。

「それをこれから調べるんでしょうが。椎名、どうして気付いた?」

「あまりに私には不自然過ぎたんですよ、普段男性用の服を着ている私には。あ、私コスプレを少々齧ってまして……」

「君の趣味嗜好は今どうでも良い。それで、どう思ったんだ?」

「あ、はい。私がその趣味の時に着ている服とはボタンの位置が反対なので、それでこれは女子が着用するブレザーじゃ無いのかな……と」

 椎名の趣味のことは初めて聴いたので驚きではあるが、その趣味のお蔭で我々が見逃す可能性のあった事実に気付くことが出来た。何事も、何かの役に立つと言うことか。

「なるほどな、これは気付かなかった。椎名、お前も立派になったな」

「伊達に係長の下で働いておりませんから。『お前』って言われるのはちょっと癪ですけど」

「お前はお前だろ、それのどこが悪いんだよ」

「だって、『お前』って野蛮な感じがするんですもん。女を下に見ているというか、何というか。せめて『君』にしてくださいよ、綿貫さんみたいに」

 私が男女で二人称を変えていることを見透かされたようで、若干ドキッとした。娘のいち華と瑞稀から念を押されるほどに言われたことをやっているだけではあるが、やはり何事も役に立つのか。

「『君』とか『あなた』なんて気障っぽくて俺には歯痒いんだよなぁ。まぁ、善処するよ。って、こんな話してる暇は無いんだよ、俺たちには」

「そうだよ、こんな所で小競り合いしたってしょうがないですよ。椎名、その話は事件が解決したらじっくりと話をしよう。君だって事件を解決したいだろ?」

 そりゃそうですけど、と椎名は呟くとだんまりになった。そんな彼女を観て、次女の瑞稀の顔を思い出した。あいつは一体今日どこに行く予定なのだろう、今こんなことを考えている暇は無いのに。

「……あの、僕思うんですけど、ガイシャも女装趣味があったとは考えられませんか」

「東堂さん、『も』って何ですか、『も』って。私は崇高な気持ちでコスプレをしてるんです。もちろん、女装だって崇高ですけど、そんな軽々しい気持ちで言わないでください」

 またもやこの二人は諍いを起こす。ここまで来たら、本当に相性が良いのかもしれない。

「別に軽々しくは言ってないさ。だとしたら、何でガイシャはそんな女子用の制服なんて着ているんだ?こんなの、勧められて着るようなものでも無いだろ」

「そんなの判らないじゃないですか。もしかしたら、誰か……例えば同級生の女子のをふざけて着させられたかもしれないですし」

「まぁまぁ、その辺にしなさい。その点も、これから調べて行く中で追々判って来るだろう」

 そう再び諫めると、もう一度私はガイシャを眺めた。そして問う。

 お前さんは、一体どんな安らかな気分で逝ったんだ、と。

 昇りゆく朝陽は、ただ私たちを照らしてゆくだけだった。

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