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サッカー雑文集(コンサドーレ除く)

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サッカーに関して書いたものをまとめています。 ※北海道コンサドーレ札幌の記事は別のマガジンにまとめています。
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トルコに縁もゆかりもない僕がどうしてトルコのサッカークラブの「最初の日本人サポーター」と呼ばれることになったか

 はじめにお伝えすることがある。この記事はそこそこの分量だ。20000字以上ある。お願いだから読むことを断念しないでいただきたい。毎日数行でも構わないのでコツコツと読んでいただけたら幸いである。 1.すべてのはじまりはこの一文から「İlk japon taraftarımız camiamıza hayırlı olsun.」 (最初の日本人サポーターを歓迎する。)  2024年2月3日、事の始まりはX(Twitter)にトルコ語で書かれたこの一文だった。  僕は故郷に

ボールを保持してない時間でもサッカーは「攻撃的」かつ「魅力的」になるのか?―河岸貴『サッカー「BoS理論」』

1.この戦術本に「くらった」 サッカーの戦術に関する本(戦術本)で久しぶりに「くらって」しまった一冊だ。  著者の河岸さんが紹介する「BoS理論」とはドイツで用いられているプレーコンセプトだ。BoSとはDas Ballorientierte Spiel(ダス・バルオリエンティールテ・シュピール)といい、本書では「ボールにオリエンテーションするプレー」と訳されている。オリエンテーションは「方向づけ」というニュアンスであり、「ボールを中心に考えてサッカーをする」というBoS理

異なるクラブのサポーターと交流することに「向いてない」人にわたす処方箋

1.可視化される「交流に向いてない」サポたち SNS、特にX(Twitter)の利用が広まったおかげで、人の交流における地理的制約が薄まった。Jリーグでも異なるクラブのサポーター(他サポ)同士がXを起点に交流しやすくなり、実際に顔を合わせた交流にまで発展することもある。  僕も2010年よりXを始め、大学時代はサッカー観戦サークルに所属しオンラインとオフラインの両方で他サポとの交流を経験してきた。オンラインではテキストの交流のみならず、clubhouseやXのスペースとい

シン・フリューゲルス史の誕生―田崎健太『横浜フリューゲルスはなぜ消滅しなければならなかったのか』

1.クラブ消滅の遠因は「生まれ」にあり? 「日本サッカーに秘められた歴史あり」を体現する一冊である。1998年に横浜マリノスと合併する形で消滅した横浜フリューゲルスの歴史を追った本だ。フリューゲルスの前身である全日空SC、そのまた前身であるヨコハマサッカークラブにまでさかのぼって書いているのが特徴である。  フリューゲルス史の結末は「マリノスとの合併による消滅」である。その原因をクラブの財政問題、出資会社の撤退や経営難、企業のサッカークラブに対する無理解といった「点」だけ

サッカーこそソ連を生きる支えだった―大平陽一『ロシア・サッカー物語』

1.現代サッカーを学ぶためのソ連 サッカーの歴史を深く知る上で欠かせない地域はいくつもある。母国イギリスはもちろん、ブラジルなどの南アメリカ、スペインやドイツ、イタリアなどの西ヨーロッパ諸国は欠かせまい。  僕がさらにロシアの存在も加えたい。特にソ連時代のサッカーは必修科目だ。なおここでいうソ連時代のロシアには、現在のロシアが侵攻中のウクライナなども含まれる。  ソ連のサッカーは今なお伝説と称されたり、現代サッカーの源流のひとつとなったサッカー人を生んだ。  ひとりは

「東郷平八郎がイギリスのニューカッスルでサッカー観戦を楽しんだ」説を検証してみた

1.Wikipediaに記された驚きの一文 小学6年生ごろに初めて読んでから、司馬遼太郎『坂の上の雲』を何年かに一度は必ず読んでいる。30歳の今、ちょうど4回目の読書をしているところだ。愛媛県松山市出身の秋山好古・真之兄弟と正岡子規の3人を主人公に、明治維新を経た日本が日露戦争での勝利へ駆け上がるまでを描いた長編小説である。  日露戦争当時、日本海軍の連合艦隊司令長官が東郷平八郎だ。いわば日本海軍の戦闘部隊のトップである。彼が率いる連合艦隊がロシアのバルチック艦隊を破って

安保闘争に入り乱れる学生、左翼、右翼、財界、そして日本代表GK―佐野眞一『唐牛伝』

1.カオスな人脈うずまく60年安保闘争 他人の生き様を評価することがいかに難しいことか。唐牛健太郎(かろうじけんたろう)とその周りの人々が歩んだ人生を追うと強く感じる。  舞台は60年安保闘争。岸信介内閣のもとで新たに結ばれようとしていた日米安全保障条約に対して、政治家のみならず一般市民たちも大きく巻き込んだ反対運動が起きた。  デモ隊が国会議事堂の周囲などを取り囲み、機動隊との大きな衝突まで発展した。その中心にあった学生運動の組織がブント(全学連主流派)で、長である中

カリスマ監督が求心力を持つとき、失うとき―Netflix『ファティ・テリム』

1.帝国が滅んだトルコに君臨する「皇帝」 現代のトルコで「皇帝」と呼ばれる人物が一人いる。  ファティ・テリム。職業はサッカー監督だ。  トルコの強豪ガラタサライに数多くの優勝カップをもたらし、トルコ代表監督としてUROベスト4に導いた。イタリアでトルコ人が結果を出した先駆者の一人でもある。  このドキュメンタリーは、彼の誕生から2022年にガラタサライの監督を退任するまでを4話でたどった。1~2話はUEFAカップ優勝を果たした1度目のガラタサライ監督時代、3話はイタ

天才の走馬灯をのぞける構成の妙―小野伸二『GIFTED』

1.あえて「線」ではなく「点」で書く2023年12月に現役を引退した小野伸二選手。日本サッカー界において、これほど「天才」という称号がふさわしい選手は存在しない。小野伸二の前に小野伸二なし、小野伸二の後に小野伸二なし。後世にそう語られる可能性も充分にあるだろう。 「ボールは友達」を体現するようなボールタッチやキックなどのテクニック、多くの選手にも思いつかないようなひらめきのあるプレー、それらを支える類まれなる視野の広さ。すべてが彼のプレーの魅力である。 視野の広さは実生

北海道大学でJリーグシーズン移行のシンポジウムを聞いてきた

1.北大でサッカーの話が聞けるらしい 2023年12月14日、北海道大学(以下北大)でちょっと変わったシンポジウムが開かれた。  題して「『冬』に立ち向かうロシアと北海道サッカー」。主催は一見サッカーに縁もゆかりもなさそうな北大スラブ・ユーラシア研究センターだ。  Jリーグのシーズン移行に揺れる今の日本サッカーと、日本より以前にシーズン移行をしたロシアサッカーの事情をそれぞれ異なる専門分野を持つ3人に講演してもらうイベントである。  12月19日、Jリーグは2026-2

本物のリーダーは「優秀な担ぎ手」を仲間にできる―宇都宮徹壱『異端のチェアマン』

1.危機の連続に立ち向かった「異端の」リーダー「危機を救った人物」として賞賛される人は歴史にたくさんいる。だがその多くは目に見えるくらい大衆に知られた「危機」を救った者たちの物語だ。たとえば大規模企業の経営悪化、戦争などだ。 でも世界には「知られてない危機」や「なかなか表にならない危機」というものがある。 この本もそういった「世間には埋もれている危機の連続」に立ち向かったリーダーの話だ。 舞台はサッカーJリーグ。主人公は2014〜2022年までJリーグの長であるチェア

なぜサッカーというスポーツから世界や社会が見えてくるのか?―清義明『サッカーと愛国』

1.なぜサポーターとナショナリズムは無意識に結びつくのかいろんな本を読んでいると「ずっと本棚に置いておきたい本」が何冊も出てくる。なぜ置いておきたいか。それぞれの本に理由がある。僕にとってその一つが「読んだときの興味や関心に応じて、気になる箇所がまったく違う本」であることだ。 『サッカーと愛国』はまさに自分が読む時期やそのとき考えていたり関心があるものに応じて、じっくり読むところと飛ばしながら読むところが変化する。 サッカーはナショナリズムと親和性がある。これを前提に著

新しいものは実は古く、古いものは実は新しい―アレッサンドロ・フォルミサーノ+片野道郎『モダンサッカー3.0』

1.なぜ戦術のトレンドはどれも新しく見えるのか サッカージャーナリストの片野さんがイタリアの主に育成部門で力を発揮し続けている若手監督、フォルミサーノに戦術や監督について話を聞いた本である。  この本は全体を通して次の2点が現在やこれからのサッカーで重要になると示している。  ひとつは監督が枠に当てはまるチーム作りではなく選手間の関係性に重きを置いたチーム作りをすることである。もう一つは、決められたプランを遂行する力よりゲーム中そのときそのときの状況に応じた適応力だ。

サッカーはマイノリティを知る最良の教材だ―木村元彦『橋を架ける者たち』

1.在日コリアンサッカー人列伝在日コリアンのサッカー選手たちの列伝である。 取り上げられた人物たちは有名無名問わず多彩だ。北朝鮮代表に選出された安英学(アンヨンハ)、梁勇基(リャンリョンギ)、鄭大世(チョンテセ)。かつて東京朝鮮高校を高校サッカー選手権ベスト4に導いたキム・ミョンシクとリ・ドンギュウ。育成制度の確立や安英学たちの代表選出などに尽力した在日朝鮮サッカー界のボス、リ・ガンホン。京都朝高の一員として高校選手権に出場し、のちにヘイトスピーチへのカウンター活動を自主