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天才の走馬灯をのぞける構成の妙―小野伸二『GIFTED』


1.あえて「線」ではなく「点」で書く

2023年12月に現役を引退した小野伸二選手。日本サッカー界において、これほど「天才」という称号がふさわしい選手は存在しない。小野伸二の前に小野伸二なし、小野伸二の後に小野伸二なし。後世にそう語られる可能性も充分にあるだろう。

「ボールは友達」を体現するようなボールタッチやキックなどのテクニック、多くの選手にも思いつかないようなひらめきのあるプレー、それらを支える類まれなる視野の広さ。すべてが彼のプレーの魅力である。

視野の広さは実生活にも活かされている。後に結婚することになる千恵子さんとのデート中には、パパラッチ的な人のカメラにすぐ気がついた。彼を(色んな意味で)狙う相手は、ピッチ内でもピッチ外でも彼の能力に警戒が必要だ。

本書は、彼が引退を決意して発表するまでを書いた自伝である。サッカー好きが楽しめるのは間違いない。まさにファンのための本であるからだ。もしサッカーに興味がなくても、この自伝の構成に注目して少し読んでみてほしい。

一般に自伝は、誕生したから時系列に己の人生をたどっていく構成になっている。自分の人生を一つの「線」として流れを本に記していくイメージだ。

『GIFTED』は少し違う。時系列で話は進んでいくが「線」で表されてるような感じがしない。むしろ「点」だ。1章につき1エピソードの「点」が30個詰め込まれている。

ドラマや小説で一日を1話分、1章分で描写し、物語を進めていく手法がある。あの感じだ。一つのエピソードが決して一日で完結しているわけではないが、「小野伸二の人生で大切だった一日」を1章ずつ見せてもらった気になる。

「線」ではなく「点」で書かれているのにすごく映像的だ。彼のサッカー人生の走馬灯が一冊に詰まっている。選手人生の儚さとあいまって素晴らしい見せ方だ。どこまで考えて作られたのかは分からないが、この本の仕掛け人のうまさを感じた。

ちなみに通常版の表紙や中の写真を撮影したのは、数々の人物を撮ってきた写真家・操上和美さんだ。操上さんは北海道富良野市出身である。北海道コンサドーレ札幌で引退する小野伸二の花道を飾る写真を、北海道が誇る大写真家が撮影する。偶然にしては出来すぎた話だ。

2.「戦術小野伸二」のジレンマ

本の内容に関しては、読んだ人によって関心を示す部分はまちまちだろう。ここでは僕が特に面白かったところを紹介したい。

「移籍」という観点で小野伸二という天才が抱えたジレンマがある。彼の代理人である秋山祐輔さんは、そのジレンマを次のように語っている。

 僕が難しいな、と思ったのは、「戦術が雑なチームほど伸二を欲しがる」という点です。理由は簡単で、伸二がいればチームが成立してしまうから。逆に戦術がしっかりしているクラブだと、そこに当てはまる候補は何人か存在していて、移籍はそのなかでクラブや監督がどう判断するか、になるんですが、「曖昧なチーム」ほど伸二が欲しいんです。

小野伸二『GIFTED』p135

戦術がないチームだからこそ「戦術小野伸二」を欲する。だから彼がチームの主軸としてプレーができる。ただ既に戦術が確立されたチームだと、その戦術に彼が合うか合わないかの話になる。

僕も応援している北海道コンサドーレ札幌での彼を思い出すと、秋山さんの発言には腑に落ちるところがある。常にスタメンで出ているわけではなく途中出場が多かったが、2017年までのコンサドーレは彼がピッチに立つと「戦術小野伸二」に様変わりした気がする。攻撃の全権が彼に託されるのだ。

しかし2018年からその様子は様変わりする。ミシャ(ミハイロ・ペトロヴィッチ)が監督に就任するからだ。この変化は小野自身にも自覚はあったようだ。

 札幌はミシャが監督に就任して、より攻撃的なサッカーを志向していた。ミシャは本当に素晴らしい監督で、これまで出会ったなかでも有数の人格者だ。自分なりのサッカー哲学を持っていて、練習を含めてとても楽しい。  就任1年目からいきなりアジアチャンピオンズリーグ出場権内を争うなど、一気にチームをレベルアップさせていた。  僕は、といえばそのなかで「自分にできること」「札幌に僕がいる価値」を見出しづらくなっていた。ミシャのサッカーが素晴らしいものであったからこそ、僕のようなタイプの選手がいるのは「やりづらい」のではないか、と。

小野伸二『GIFTED』p268

3.目の前で見るサッカーが一番面白い

彼の言葉を読んでいると「目の前でプレーを見る」ことの大切さ、面白さ、素晴らしさを大事にしていることが伝わる。

彼が最も好きなプレーとして挙げたのが「アシストのアシスト」である。

 ゴールを決めた選手の前には、それをアシストした選手がいる。でも、そのひとつ前にも選手がいる。アシストにつながる――例えば、パスといった―プレーをした選手。それは一瞬で、ピッチ全体の局面を変える。  
 僕が好きなのはその、一瞬で局面を変えるプレー、アシストのアシストだった。テレビや結果を見ているだけではわからない。でも、スタジアムにいる人は、そこで一瞬、息を呑んでいるはずだ。そのプレーが出た瞬間に、「おおっ!」と何か予感がして、ゴールの期待を抱いている。

小野伸二『GIFTED』p285

注目したいのは、彼の大好きなプレーである「アシストのアシスト」は「スタジアムで見ていないと目撃できない」と彼が考えていることだ。

現在サッカーを見る手段はいくつもある。現地はもちろん、テレビや配信で試合をフルで見れる。YouTubeなどで探せば、ハイライトやプレー集も見つかる。僕自身、決して現地でみることにこだわる人ではないし、配信やYouTubeはよく利用する。

そんな時代で小野伸二という稀代のサッカー好きは、「目の前で見るサッカーが一番面白い」という価値を改めて提示しているように感じる。それは決して現地で見ない・見れないことを否定するものではない。でも現地に行かないと見れないプレーこそ面白いじゃないかという気持ちが彼の「好き」から感じられる。

思えば彼が日本や世界を巡って子供たちにサッカーの楽しさを伝え続けたいという夢も「目の前でサッカーを見せる」行為である。ボールが蹴れる身体である限り、訪れた先で彼のプレーに魅了される子供たちはずっと出てくるだろう。それはきっと映像じゃ魅了されなかったはずだ。目の前だから伝わる。

彼が今後のどのようにサッカーに携わるかは分からない。本人も当面はいろんなことにチャレンジしていくつもりだろう。しかし彼がどんな立場だろうと「サッカーを目の前で見る」価値を伝え続けることは間違いないだろう。

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