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僕が書評を書き続けたい理由―楠木建『経営読書記録 表』


1.「ブランド」は高峰秀子と微積で学ぶべし

 経営学者である著者による本の解説とメディアに連載された書評をまとめた本だ。僕は楠木さんの書評に出会って書評に対する印象が大きく変わった。本当におもしろい書評は、書評だけのった本でも買おうと思うくらい価値がある。

 彼の書評は、紹介されている本がみんな気になってくる。中にはすぐ本屋へ買いに走りたくなる本も一冊二冊じゃない。エッセイとしての面白さも兼ね備えているのが、他の書評との大きな違いだ。本の紹介や所感にとどまらず、楠木さんは自身の思考回路を書評というフィールドでさらしてくれる。これがたまらなくイイのだ。

 本について深く掘るだけではなく、スライドする面白さが彼の書評にはある。本のテーマとは一見関係ない他のジャンルの引き出しからエピソードや切り口を引っ張ってきて本と接続する。こうやって物事と物事を絡めると面白い思考や洞察が生まれるのかといつも学ばされる。

 たとえば中神康議『三位一体の経営』の解説を読んでみる。投資家が企業の経営論を書いた本だ。この解説で楠木さんは「ブランド」の話を書いている。そこで持ち出したのは、昭和の大女優・高峰秀子だ。

 ブランドというのは、あっさり言えば「信用」です。昭和を代表する大女優だった高峰秀子さん、私が最も尊敬する人物ですが、彼女は「信用」と「人気」は違うと言っています。女優は、人気を求めて、人気を大切にする。なぜかと言うと、女優は文字通り人気商売だからです。しかし、人気というのは一時的なもので、本当に大切なのは「信用」である。彼女は、映画に出るときにも、本を書くときにも、仕事生活の根底で常に「信用」ということを考えている。「あいつが出ている映画なら大丈夫だ」と人に思ってもらう。これが「信用」です。最後に残るものは信用しかない。需要がないと仕事にはならないわけですが、その需要は決して「人気」であってはいけない、と高峰さんは説いています。

楠木建『経営読書記録 表』p65

 経営と役者業、いったいどこにつながりがあるのか。楠木さんは「信用と人気」という切り口で見事に結びつける。さらに微分積分の概念を用いて「信用と人気」、そして「ブランド」を考察する。ここで微積のたとえを使うのは本当にしびれた。

 「信用」はすぐには手に入りません。それでも、「お客さんを絶対に満足させる」という日々の行動はコントロールできます。それが次第に積み重なって、いつの間にか信用が生まれる。「人気」が微分値であるのに対して、「信用」は積分値です。毎日の商売の積み重ねで段々と信用ができて、振り返ったときにその総体がブランドになっているというのが理想です。「ブランディング」よりも受動態で「ブランデッド」と言うのが、正しいブランドの理解だと思います。独自の価値提供に自信がない会社ほど、ブランディングというお化粧で勝負しようとする。ベースがしっかりしていないところにお化粧をしても、たかが知れている。お化粧は夜になれば剥がれてしまうものです。

楠木建『経営読書記録 表』p66

 楠木さんは実際の経営者とも仕事をともにする機会があり、その際のエピソードも秀逸である。様々な資料から過去の経営者のエピソードを引っ張ってくるのも上手だ。オリックスを経営していた宮内義彦さんとの話には思わずクスっとしてしまった。

 結局、なんで儲かるかと言うと、他の人が知らないことを知っている、ほかの会社ができないこと・しないことをするということです。オリックスの経営を長くお務めになった宮内義彦さんと話をしているときのことです。「僕から見ると、オリックスってなんで儲かるのか分かりにくい会社ですよね」と言ったら、「お前みたいなヤツにすぐ分からないから儲かるんじゃないか」と言われました。まったくその通りです。

楠木建『経営読書記録 表』p62

2.書評で脳みそをさらけ出せ!

 僕は楠木さんの読書に対する姿勢や書評の書き方に大きく感銘を受けている。ご本人も僕自身もこういう表現は嫌だが、まさに「楠木信者」といっても過言ではない。

 日ごろから僕は「役に立つから読書する」という姿勢に疑問に抱いている。読む前に役立つか分かる本なんぞ、世界中にある本たちのわずかでしかない。本は好きだから、楽しいから読むものだ。ついでに役に立つこともたまにある。その「たまに」にわくわくするのがいいんじゃないか。

 楠木さんも読書に何か利のある目的を求めることに警鐘を鳴らしている。僕も同感だ。

 大切なことは一つだけ。「これは話題の本だから読んでおいた方がよさそうだ」とか「役に立つだろう」「これは勉強になるのでは」「読んでおかなくては」という本には絶対に手を出してはいけない。「武器としての読書」とかいうのがいちばんよくない。読書と別に目的があって、その手段として本を読む―面白くないに決まっている。読書の事後性を乗り越えるためには、まずは読むこと自体が目的になっていなければならない。

楠木建『経営読書記録 表』p5

 かつて僕は「書評なんて読んで何になるんだ」と思っていた。よく分からぬ人が書いた本のちょっとした紹介を読む時間があるなら本を読んだほうがいいに決まっている。

 そんな気持ちは、楠木さんの『戦略読書日記』を読んで一気に吹き飛んだ。本の紹介をベースにして、自分の思考を縦横無尽に書き尽くす。「本を読む」と「考える」が見事セットになった書評に僕は完全にまいってしまった。

 だから僕も書評を書くときには「何を思考したか」をさらけ出すことを意識する。いつも頭を開いて自分の脳を読者に見せつける気概で文字を打ち込むのだ。

 最後に楠木さんが考える「書評」を表した部分を紹介する。僕も同じ思いでこれからも書評を書き続けるつもりだ。

 僕が書評を書く動機は、自分がその本から得た価値を他者と共有することにある。僕にとっての優れた書評の基準はただ一つ、「書評を読んだ人がその本を読みたくなるか」だ。

楠木建『経営読書記録 表』p6

3.参考資料

◎中神康議『三位一体の経営』

◎楠木建『戦略読書日記』

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