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シン・フリューゲルス史の誕生―田崎健太『横浜フリューゲルスはなぜ消滅しなければならなかったのか』


1.クラブ消滅の遠因は「生まれ」にあり?

 「日本サッカーに秘められた歴史あり」を体現する一冊である。1998年に横浜マリノスと合併する形で消滅した横浜フリューゲルスの歴史を追った本だ。フリューゲルスの前身である全日空SC、そのまた前身であるヨコハマサッカークラブにまでさかのぼって書いているのが特徴である。

 フリューゲルス史の結末は「マリノスとの合併による消滅」である。その原因をクラブの財政問題、出資会社の撤退や経営難、企業のサッカークラブに対する無理解といった「点」だけでなく、フリューゲルスの成り立ちそのものから遠因を探っている。今までになかったアプローチだ。

 副題に「関係者が初証言、Jリーグ31年目にして明かされる"真実"」とある。この"真実"とは決してスキャンダラスなものではない。これだけ時が経ったことでようやく関係者の重い口が開いたこと、書き手が手薄な「Jリーグ以前」の日本サッカー史を掘り起こしたことから明らかになった"真実"だ。

 全体を通して著者の情熱と冷静のバランスが光っている。自分の思いを入れ込んで書いている箇所ももちろんある。特に終盤はそうだ。しかし基本的には登場人物の誰かに思い切り肩入れする書き方は少なく、読んだ人が一部の人物を除き過度に断罪することはないだろう。

 田崎さんは序盤の主要人物である李国秀さんと親交が深い。本書の出版イベントには共に出演するくらいだ。だからといって李さんの証言をそっくりそのまま「事実」と認定するわけではない。若干の食い違いがある証言が他者から出れば、そちらも何の評価もくださず併記することで読者の判断にゆだねている。"真実"という言葉を借りるとすれば、当事者それぞれの視点から見た"真実"があるのかもしれない。誠実な態度だ。

 本書は、ヨコハマサッカークラブに全日空が参画し横浜トライスターサッカークラブとなるところから始まる。その後、全日空SCに改称し横浜フリューゲルスの誕生と消滅を経て、Y.S.C.C.横浜の創設と現在で物語が終わる。

 数人の選手が試合をボイコットした全日空SCボイコット事件は、本書の大きな見せ場のひとつだ。この事件で処分されたメンバーたちが創設に関わったのがY.S.C.C.横浜というのが僕の認識だった。その認識が微妙にズレていることが今回明らかになった。僕にとっては大きな発見である。

 ヨコハマサッカークラブに始まりY.S.C.C.横浜で終わる。本書を読むとこの流れがフリューゲルスの歴史を語るには非常に綺麗な締め方だと分かるはずだ。

 さて、本書を読む際に重要なことがひとつある。この本が「横浜フリューゲルスと横浜マリノスの合併」が主役の本ではないことだ。タイトルや表紙、帯の煽り方だけ見るとそう誤解する可能性もある。もちろん目を引くためにその誤解もある意味織り込み済みかもしれない。しかしあくまでも「横浜フリューゲルスの歴史」が主役だ。歴史の結末として「消滅」がある。そういう位置づけだと僕はとらえて読んだ。

 読んだ人から「マリノス側の視点や証言がなさすぎる」という意が出る可能性はあるだろう。だが、主題を考えると「なさすぎて当然」なのだ。これはあくまでも「フリューゲルスの歴史」を語ったものである。もし合併が主題であれば「フリューゲルスに寄りすぎ」という意見を聞く価値はあるかもしれない。合併に関していえば、むしろ僕は本書のアンサーとしてマリノス側の証言が新たに掘り起される可能性に期待したいと思っている。

2.群像劇の「器」としてのフリューゲルス

 僕は本書を「群像劇」という見方で楽しめるとも感じた。フリューゲルスという「器」に有象無象の人々が出たり入ったりする。一度出たら二度と戻ってこない人もいれば、時を経てまた帰ってくる人もいる。その登場人物にはサッカー関係者はもちろん、その他の分野の人もいる。

 今月清水エスパルスのGMに就任した反町康治さんと、ベガルタ仙台の森山佳郎監督はフリューゲルスでプレーしていた。特に反町さんは全日空時代からプレーしており、当初は社員選手としてフリューゲルスにいた。全日空SCとフリューゲルスの歴史を知る主要人物として登場する。森山さんは同時期にフリューゲルスに移籍してきた前田浩二さんが共にチームの雰囲気作りに貢献した選手として名前をあげている。

 1991年、全日空SCに加茂周監督が就任する。彼がコーチに連れてきたのがズデンコ・ベルデニックだ。ベルデニックが選手たちに指導したのが守備の仕方、当時アリゴ・サッキが率いるACミランが実践していたゾーンディフェンスによるプレス戦術である。これが後に加茂監督の代名詞となる「ゾーンプレス」だ。

 ベルデニックがフリューゲルスを去ってから20年後の2013年、彼は大宮アルディージャを率いてJ1で旋風を巻き起こした。その際に戦術の基盤となったのもゾーンディフェンスだ。「ゾーンプレス」は、20年経ってもチームの基盤として通用する戦術だったといえるかもしれない。

 出資会社の佐藤工業からフリューゲルスの運営会社に出向した手嶋秀人さんは、僕の興味をそそる出自の持ち主だ。福岡県田川市で炭鉱をいとなむ手嶋家の出身であり、2歳年上の叔父にはジャーナリストの手嶋龍一がいる。曾祖父の寅助と親交が深かったのが、近代日本の政治団体・玄洋社の中心人物であり右翼の大物と称される頭山満だ。

 この頭山満の孫・興助が後見人となったのが日本赤軍のリーダー、重信房子の娘・メイである。また血縁関係はないが頭山家の遠縁にあたるのがミュージシャンの松任谷正隆・由実夫婦だ。フリューゲルスから数珠つなぎに人々を追っていくと日本の近現代史や音楽史にも行き着いてしまう。これも良質なノンフィクションを読む醍醐味だ。

 僕が応援している北海道コンサドーレ札幌の関係者も登場する。強化部長の竹林京介さんは、フリューゲルスのマネージャー職がキャリアの始まりだった。入社の経緯やチームでのエピソード、消滅を見届けてからどの進路を選んだかまで詳細に書かれている主要人物の一人だ。

 全日空SCボイコット事件当時、クラブの監督だった栗本直さんもコンサドーレ草創期にコーチやフロントとして手腕をふるった。ボイコットされた側として事件について証言を本書に残している。事件後も彼は全日空SC、フリューゲルと関わりを持っていた。クラブ消滅時、GKの楢崎正剛選手にコンサドーレがオファーしたのは栗本さんのコネクション頼みだったという話もあるそうだ。真相は分からない。

 他にも有馬賢二さんが物語の終わりを締める大事な人物として登場する。こちらは本書を読んで確認してほしい。

 僕が挙げた人物たちは氷山の一角だ。読まれた人がそれぞれ自分に縁があったり関心がある人物を見つけて、僕のように思いをはせるかもしれない。つくづくサッカークラブとは「器」であることを実感する。そしてその「器」が消えてなくなることがどれほど悲しいことかを改めて突きつける一冊だ。

【本と出会ったきっかけ】
 『フットボール批評』での連載時から関心があり書籍化を待ちわびてた本である。

3.参考資料

◎川勝宣昭『日産自動車 極秘ファイル 2300枚』
 Jリーグ創設の命運を握る人物として登場した細川泰嗣さん。日産を牛耳った塩路一郎率いる日産労組に彼が役員として抵抗する姿が書かれている。マリノスの源流である日産自動車サッカー部を創設した安達二郎さんも重要人物として活躍する。

◎二宮寿朗『我がマリノスに優るあらめや』
 マリノスの歴史書といえばこれになるだろうか。通史というよりは人物伝の印象。

◎加茂周『モダンサッカーへの挑戦』
 加茂さんとベルデニックの話を知ったら読みたくなってきた。探そう。

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