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コンサドーレが強いチームになるための方法を横浜DeNAベイスターズの歴史から考えてみた

(この記事は「北海道コンサドーレ札幌 Advent Calendar 2022」に参加しています。個性あふれる記事がたくさんあるので、是非読み比べてみてください!)

北海道コンサドーレ札幌って強いですか?

「今のコンサドーレは、強いチームかどうか」

この問いからまずは始めたいと思う。

そもそも「強いチーム」とは何か。みんな何となく共通したイメージはあるだろうが、はっきりした定義を持つわけではない。

今季のリーグ順位が10位であることから考えると、お世辞にも強そうには見えないのだが、たまに「コンサドーレは強い」という言葉を聞くことがある。

たとえば今季は、リーグ優勝の横浜F・マリノスに2分、2位の川崎フロンターレに1勝、3位のサンフレッチェ広島に1勝1分とそれなりの成績をおさめた。振り返れば、2020年に当時どこも止められないと言われていたフロンターレにアウェイで完封勝ちしたこともある。

要は「上位チームに勝つ力がある」=「本当は強い」という話だ。

だが僕は違うと思う。それはただ瞬間風速がちょっと速いだけにすぎない。

僕が思う強いチームとは「勝ち続けられるチーム」だ。

短期的にはシーズンを通して、下位に取りこぼすことなく、ベスト5〜6あたりに食い込むこと、長期的にはその成績を維持し続けたうえで優勝を争うことだ。

上位チームに勝つことはたしかに素晴らしいことだし、サポーターに夢を与えるかもしれない。しかし、それは自分たちより下位チームに勝った上で本来は享受したい喜びだと僕は思っている。

これを踏まえると、僕の中では現在のコンサドーレは「強いチーム」とは到底言えない。

ベイスターズという「強くないチーム」の話

ではコンサドーレが「強いチーム」になるためには、何が必要になるのだろうか。

戦術や補強などのサッカーの観点から話を進めていくことは、多くのサポが妄想なり分析なりでトライしているはずだ。そこで今回は、一冊のっ本を使ってちょっと違う切り口から考えてみたい。

村瀬秀信『4522敗の記憶 ホエールズ&ベイスターズ涙の球団史』である。

プロ野球チーム・横浜DeNAベイスターズが1949年に創設されてから2015年までの歴史を様々な証言をもとに、ひとりのベイスターズファンでもあるライターが情緒あふれる文章でひも解いていく本だ。

本をめくってベイスターズの歴史を振り返ると、3つの特徴が浮かび上がる。

①「弱いチーム」であり続けた歴史がある

ベイスターズがプロ野球に参入してから2022年で72年目になる。そのうちセ・リーグ最下位で終えた回数は、25回である。

最下位の回数が多いのはもちろんだが、僕が注目したのは1954~1959年の6年連続、2002~2004年の3年連続、2008~2012年の5年連続最下位を喫したことだ。

たまたま最下位になったのではなく、最下位が常態化した状況を経験している。つまり「弱いチーム」であり続けた経験があるのだ。

②「強いチーム」だった年がある

もちろんベイスターズが万年弱かったわけではない。1960年と1998年の2回、セ・リーグ優勝と日本一を経験している。

日本一になるレベルで「強いチーム」だった経験もあるのだ。

③「強いチーム」であることが続かないチームである

ところがベイスターズが優勝した後の成績を見てみると、これもおもしろい事実が分かる。

まず1960年の優勝後だが、1961年にはいきなり最下位に沈んでいる。翌年1962年に一度は2位まで持ち直すものの、その後はあまりぱっとしない成績だった。

続いて1998年の優勝後である。1999~2001年は3年連続の3位で踏ん張るものの、2002~2004年、2006年、2008~2012年を最下位で終えるという文字通り暗黒の歴史をたどることになる。

要は、ベイスターズというチームは「勝ち続けられない」歴史を持っているのだ。

経営学者の楠木建さんは「Aであることを考えるために、Aではないことを考える」といった趣旨の言葉を残している。

ベイスターズの歴史は、「強いチームとは」と「強いチームではないとは」という2つの側面から強いチームになる方法を探るには、非常にいい教材なのではないだろうか。

強いチームの話や成功者を書いた本はいくらでも出てくるが、弱いチームや失敗者を長期で追った本はなかなか存在しない。

野球とサッカーと種目は違うが、戦争からサッカーを考察しようと試みるひとだっているのだ。何かしらのヒントは見つかるかもしれない。

なお僕はプロ野球はほとんど見ないので、ベイスターズに関する知識は完全にこの本に依拠している。この点は、ご了承いただきたい。

仲良し集団じゃ勝てないのか???

現在のコンサドーレを語るときに選手から漏れ出るキーワードに「雰囲気がいい」というものがある。あるいは「仲がよい」などだ。小野伸二選手は、「今までいたチームの中で一番雰囲気がいい」といった証言を確か残している。

正直、雰囲気が悪いよりはいいに越したことはない。これは間違いない。だが、どうもコンサドーレの場合、その雰囲気の良さという一見ポジティブな特徴が成績にあまり反映されていない。

ここでサッカーにも縁がある一人のベイスターズOBに登場してもらう。高木三兄弟の父親である高木豊さんだ。

高木さんは、現役時代ベストナインに3度選ばれるなど個人タイトルは獲ったものの、チームとしてリーグ優勝に届くことはなかった。高木さんが12年在籍した横浜を離れたのち、ベイスターズは1998年に日本一になる。

日本一になったチームと、高木さんがいた当時のチームの何が違ったか。高木さんは次のように証言している。

「個々の能力が僕らの時代よりも高かったということもあります。でも、一番の違いは群れなかったことでしょうね。僕らは能力も高くなく、団結はするんだけど弱い群れという感じがありました。しかも、ここぞという試合では団結力を発揮できない。ところが彼らは、一匹狼の集団なんだけど、本気になって『この試合を獲りにいく』となった時の団結力が凄まじかった。我々の時代の”団結力”とはまた全然意味合いが違いますよね」

村瀬秀信『4522敗の記憶 ホエールズ&ベイスターズ涙の球団史』

高木さんの言葉をもとにすると「団結力」には少なくとも2種類がありそうだ。

一つは「日常における団結力」だ。これはいわゆる「仲のよい」とか「雰囲気がいい」というたぐいである。

もう一つは「勝負における団結力」だ。こちらは試合に勝つために必要な要素と捉えられる。とはいえ、具体的にはどのような団結力かは言及がない。

ここで二人の証言者に登場していただく。

ひとりは、駒田徳広さん。1998年の日本一メンバーである。彼の特徴は、読売ジャイアンツという常勝チームから横浜にやってきた外様であることだ。1994年に加入した駒田さんは、当時のチームの印象をこう語っている。

「前のチームでは、チームという組織があって、その中で選手個人の役割があり、勝つために各々が果たすべき仕事を果たさなければいけない、という考えが浸透していた」

村瀬秀信『4522敗の記憶 ホエールズ&ベイスターズ涙の球団史』

もう一人は、中畑清さんである。選手時代はジャイアンツ一筋だったが、監督として2012~2015年の4年間ベイスターズを率いた。2008年から4年連続最下位であったチームを率いることになった彼は次のように証言している。

「(中略)だからね、”相手に勝つ”という目的意識を、チーム全体で結束させなきゃいけないんだ。その目的意識でひとつにならないと、相手にとどめを刺せないんだよ。これが分散していると、仮に個々の動きが良くても、それは弱い鉄砲にしかならない」
「本当に相手に勝ちたいんだっていう明確な目標を持つこと。そして『そのために俺はこうするぞ』と、ピシッと自分の役割が言えるような選手になっていくこと。そうすれば、チームは強くなっていく」

村瀬秀信『4522敗の記憶 ホエールズ&ベイスターズ涙の球団史』

駒田さんと中畑さんの証言で共通するのは、「勝つために自分の役割を明確にして、自覚すること」の重要性を説いていることだ。

さらにいうとおそらく二人は「役割は与えられるだけじゃ勝てない」と認識しているはずだ。当然気づきとなるヒントはまかれるものだが、結局は自分で腹落ちさせなくちゃ意味がない。

これらの証言から総合すると、個々の選手の主体的な役割認識と、試合に勝つための団結力がつながっている気がする。

ここでコンサドーレに話に戻すと、語り草となっている2020年のアウェイ・フロンターレ戦は、役割の自覚と試合に勝つための団結力が一番働いていた試合かもしれない。

そう考えると、コンサドーレが強いチームになるには「勝つための団結力の持続」というのが大きなテーマになり得る。

もっともその持続が毎年うまくいってないからこそ、「上位を食うけど、下位に食われる」というしょうもないチームになっているわけだが。

強いチームは、変化を自分から求める

続いての証言者は、石井琢朗さんだ。彼は1989~2008年にベイスターズ(当初はホエールズ)に在籍している。1998年の日本一も、その後の凋落も経験した選手だ。

これから記す石井さんのエピソードは、「なぜベイスターズは日本一の後、強くあり続けられなかったのか」という問いのヒントが詰まっている。この話は、種目は違えど、サッカークラブのあり方にも通ずるところがあると僕は思っている。

石井さんは、1998年の日本一後の契約交渉の場で球団に対して補強の必要性を強く訴えていた。

「球団はあのままでも勝てると考えていたと思いますけど、そう簡単にいきませんよ。あの年は優勝したとはいえ、決して楽に勝ったわけではなかったですからね。それに僕らの年代がこのままずっといけるわけじゃない。2位だったドラゴンズにしても、ジャイアンツを見てもやっぱり強力でしたし、ヤクルトにしても、引退してから古田さんが冗談交じりに『あの年にお前らが優勝したのは何かの間違いだ』とよく言ってましたけど、まんざら冗談じゃなかったと思うんです。そんなチームが来季はベイスターズを倒すとみんな補強しているんです。連覇を目指すなら日本一になって多大なお金が入ってきた、あのタイミングしかなかったんです」

村瀬秀信『4522敗の記憶 ホエールズ&ベイスターズ涙の球団史』

日本一になったにも関わらず石井さんは、来季以降のチームにかなりの危機感を抱いていた。しかし、結局ベイスターズは大きな補強もすることなく翌シーズンを迎えて、優勝を逃すことになる。

「(中略)『これおでベイスターズの黄金時代が来た』って本気で思っちゃたでしょ。他球団は『あの横浜に負けた』ということで必死に補強してくる。それなのに、ウチは補強なんてしなくても、このチームで黄金時代が続くと本気で思ってしまった。本来なら他球団の倍ほどの投資をしてチームを強化しておかなければ、次の年、次の年へと続いていかないのよ。でも、それを怠ってしまう見通しの甘さが、その後の凋落を招いたってことだよ」

村瀬秀信『4522敗の記憶 ホエールズ&ベイスターズ涙の球団史』

勝ち続けるためには、たとえいい結果を出したチームでも新たな血を入れて変化や進化が必要である。石井さんの証言から分かる話だ。

コンサドーレは、ミシャ監督が長期政権であることもあり、比較的変化が少ないチームに思える。新卒選手しか補強しなかったシーズンもあったし、コーチが抜けても代わりを連れてこないこともある。

決してコンサドーレが変化をしてないと言うわけではない。ただ今季マリノスに無敗で、フロンターレやサンフレッチェに勝ったということは、来季の彼らは今季以上に血眼になりながらコンサドーレから勝ち星を奪いにくるということとイコールなのである。

不幸にも、今オフは主力選手の退団が何人か出そうだ。コーチの流出も噂されている。ある意味、変化を求めざるを得ない状況にある。こうしたオフで経営陣がどのような動きをするか楽しみである。

石井さんの言葉は今のコンサドーレよりも、将来タイトルを獲ったり、ACL出場権獲得以上の成績をリーグでおさめたときに非常に響くかもしれない。おそらくその時の僕らは、「あのコンサドーレに負けた」とどこのクラブからも思われる立ち位置だろう。まさに1998年のベイスターズと一緒である。

サッカーじゃないことからサッカーを学んでみる

ここまで横浜DeNAベイスターズに関する一冊の本をもとに、コンサドーレが「強いチーム」になる方法を考えてみた。

今回の内容を振り返ると、具体的な方法論までは言及できなかった。これは僕の思考の掘り下げの浅さでもある。ただ、みなさんが考える何かしらのヒントになり得たらうれしい話だ。

また、僕が今回声を大にして言いたいのは「すべてのものは、サッカーに繋がっている」ということである。みなさんが生業としているもの、サッカー以外に大好きなもの、一見なんの関係がなくても視点を変えてみると、サッカーを学んだり考えたりすることに繋がっているものは少なくはない。

思わぬ事柄がサッカーを学ぶことに繋がっている、逆にサッカーで学んだことが思わぬジャンルに生きる。そういう経験を僕は何度かしてきたし、そのときの脳みそがビビッとくる感覚が忘れられない。

この記事を読んだみなさんとも、そういった経験を通してサッカーの奥深さをこれから共有しあえたら幸いである。ありがとうございました。

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