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【短編小説】雨水と共に流れるは

雨は、嫌いだ。

しとしと、とんとん、絶え間なく続く音も素敵だとか思ったことないし、傘差してても濡れるし。
あとは梅雨でも寒い時はめっちゃ寒いし。

昨日買ったばかりの白いスニーカーが歩く度に汚れていくのをみて、これまた俺はイライラした。
スーパーへ買い物に行く前は曇ってたのに、店出たらこれだ。念の為傘持ってたのがせめてもの救いだろうけれど。
布製の買い物バッグはそれなりに濡れるんだろうな、と思うとため息が出た。

所沢裕太、大学三年生。一人暮らし。
単位はもう入学してがっつり取ったからあんまり学生っぽくない生活をしている。これから就活地獄が待っているとしんどいな、と悩みは学生らしい俺。

「あ」

見えてきたアパートの前に知っている顔があった。お隣さんのせいた兄さん。2年前、俺が引越しの挨拶をした時にそう呼んでくれと言われ、それにずっと従っている。

あの人もずっと家にいる人なんだよな。
たまに壁越しに仕事っぽい電話をしているのが聞こえるから……在宅ワークか、フリーランスっぽい。
あー、いいな、在宅系。こんな雨とか関係無さそうで。

「よ、おかえり。所沢くん」

せいた兄さんが顔を上げて俺を見つけた。どうも、と会釈をするとひらりと手を振られる。

「なにしてるんすか、こんなところで」

アパートの屋根の部分まで入って、傘を閉じながら聞いた。せいた兄さんの手にはスマホ。少し考え込んでから、彼は言う。

「失恋した」
「え!? あんた恋人いたんすか!?」

少なくとも俺はこの人が女性といる所を見たことがない。たまに会ってもそんな話題など一度も出てこなかったものだから、てっきり浮いた話は無いと思い込んでいた。ああ、でも、金髪に赤のピアスが似合う人だ。モテなきゃこんな容姿にしようとか思わないよな。

「残念、仕事の話でしたー」
「なんだよ」

面白くねぇ。そんな顔を俺がすれば良い玩具を手に入れた子供のようにせいた兄さんは笑う。
俺の傘の先がその場で水溜まりを作り始めた。

「ずっとやりたかったことでさ。やっとツテが出来て叶いそうだったんだ」
「はい」
「でも、そのツテの人が先月で会社辞めてたんだと。俺に何も言わずに。だからぜんぶおじゃん」
「先月って、今月入ってもう二十日経ちますよ!?」
「俺、ずっとこの二十日間そのプロジェクトに向けて準備してたのに。泣けるぜ」

ガチで悲しいことだったらしく、せいた兄さんは今にも泣きそうな顔をしていた。ああ、やめてくれ。雨の日に人の泣き顔なんて、これ以上地面に落ちる水が増えるのはまっぴらごめんだ。

「飯食います? 俺ん家で」
「……え?」

気が付けば口から出てた誘い文句。慰めようとしてる? こんな五歳くらい年上の男相手に、だ。俺はどうやらお人好しらしい。知らなかった。

「いいの?」
「その代わり仕事のこと聞かせてください。俺、就活が始まる前に色々と選択肢増やしておきたいんで、情報収集ってことで」
「わかった」

眉を八の字にして、無理に笑う彼を見てから家へ向かう。人に食わせられる飯なんて作れるかな、今持ち合わせている材料だと……適当に豚丼とかでいっか。俺はこの人と違ってオシャレじゃないし。

俺が嫌いな雨の中、俺の人生はなにかが始まろうとしていた。

※※※※※

(ねぇ、所沢くん。俺の仕事手伝うとかあり?)
(え、なんすか。そもそもなんの仕事してるんですか?)
(今をときめく動画クリエイター! これみて、結構有名な配信者の動画も俺が手掛けてんだけど)
(え…ええ!? 俺の好きなにゃうちゃんも!?)
(もちろん!)



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