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お久しぶりね       

お久しぶりね        (グレイプ選外佳作)

 三十半ばのこと。
季節変わりに下着のセールをしているのを見つけて行ってみた。
売り場の雰囲気が何か緊張している。皆の視線を追うと、二十代と思われる大柄な男性がフロアをうろついているのに気づいた。
 長めの髪はバサバサで無精ひげ、部屋着らしいスウェット、派手なソックスにサンダル履き。加えてまだうすら寒い三月というのにうすっぺらなパーカーをひっかけている。
 明らかに挙動不審で血走った目をあたりにさまよわせている。
 店員も客も遠巻きにしていて、ちらっと見て戻ってしまう客もいた。気持ち悪いから少し時間をおいてから出直そうかな、と私がきびすをかえしかけた時だった。
 男性は意を決したように、小柄でぽっちゃりした女性につかつかと歩み寄り、
「あの、母が倒れて、新しい下着を買ってやりたいんですけど、どれがいいかわからなくて、教えて下さい」
 一息に言うとぺこりと頭をさげた。
 瞬間、その場の緊張がほどけた。
 近くに救急病院がある。そこに運ばれたのかもしれない。
 彼の年齢から考えてお母さんは五十前後、倒れるような年齢ではない。倒れたことにびっくりして、着の身着のまま飛び出してきたに違いない。
「お母様の体形は…どんな?」
 婦人が聞くと、彼はちょっと手をその女性の方に向けた。
「あ…私みたいな?」
 そう、彼は母親と同じ年頃で同じような体形の女性を探していたのだ。
「…はい…」
「お母さまの具合はどう?」
 運ばれたお母さんは手術を終えて今、眠っている状態、山場を乗り越え、人心地ついて胸をなでおろし、さてこれからどうしようと思ったとき、着替えが必要と看護師から指摘された。
 急いで来てみたものの、女性の下着売り場なんて初めてだし、あまりに種類が多くてどれにすればいいのかわからなくて困っていた、というようなことをぼそぼそと話していた。
「そう、あなたがついているんだから大丈夫ね」
「はあ…」
 蚊の鳴くような応対に、女性が叱咤する。
「しっかりしなさい。大丈夫ってあなたが信じなくてどうするの」
「はいっ、大丈夫です」
 彼の選択は正しかったらしく、女性は時間があり、見た目通りたよりになる人で話を聞きながら丁寧に下着を選んであげている。
両手いっぱいに抱え込んだ下着に、彼の切なる希望と明るい未来が見えた気がした。
「ありがとうございました」
 元気な彼の声と、
「お大事にね」
とほほ笑む女性の暖かい声に必ず良くなるという確信を得た。
 私も目当ての品を買って外に出た。
 来る時はうす曇りだったが、きれいに晴れてまるで青年のお母さんが必ず良くなる確証のように思えた。
 家に帰り、ふと思いついて実家に電話すると、母が出て『お久しぶりね』を熱唱された。
 最後まで耐えた。

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