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〔ショートストーリー〕ミニチュア・トリガー

風車のミニチュアが、机にちょこんと無造作に置いてあった。これはあのテーマパークで、開業10周年の今だけ、記念に配っている物だ。

夫の浮気が発覚し、話し合いの上、別居してお互いに頭を冷やすことになったのは1か月前。電話では何度も話していたものの、何となく顔を合わせるのは気まずい。夫が仕事に出ている頃を見計らい、合鍵を使って春物の衣類を少し取りに行くと、このミニチュアが目に入った。

私たちが結婚して3年と5日。このテーマパークは、新婚旅行に行った思い出の場所だ。3回目の結婚記念日だった5日前、夫からはLINEの連絡だけだった。その日に限ってどうしても仕事で会いに行けない、多分電話もできないと前もって言われていたから、仕方ないと思っていた。だが、このミニチュアは今しか配っていない。つまり。

夫は愛人と旅行に行ったのだ。私たちの結婚記念日に、私たちの新婚旅行先へ。二人とも「これきりで別れる」と、1か月前、私に誓ったのに。

ヒュッと体の奥が冷たくなった。何だか笑いがこみ上げる。そろそろ別居を解消して帰って来ないか、と昨日夫は電話で言った。それは自分の罪悪感を誤魔化すため、取りあえず優しそうな言葉を並べただけだったのか。あの夫のやりそうなことだ。危うく信じそうになっていたバカな自分が、とてつもなく惨めに思えた。笑いながら、涙がポロポロとこぼれ落ちる。

もう、無理だ。

予定よりずっと多くの荷物をカバンに詰め込み、これまで外すのを躊躇っていた結婚指輪を抜いて、風車のミニチュアに乗せてみる。グラグラしているけど、何とか乗っかった。小さな風車に、天使の輪っかが乗っているみたい。可愛くて残酷な天使。思い出くらいは汚さないで欲しかったな。

よっこいしょ、とカバンを持ち上げ、外に出てカギをかける。夕方の春の風は、薬指に少し冷たい。残りの荷物は改めて取りに来よう。市役所に離婚届も取りに行かなきゃ。やることはいっぱいある。俯くな、顔をあげろ。

目の前に広がるのは、住み慣れた街。この夕暮れの風景が好きだった。でも、もうお別れだね。バイバイ、永遠に。
行き交う車の走行音に混じって、遠くどこかで終業のチャイムが鳴っていた。
(完)


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小牧さん、お手数かけますがよろしくお願いします。
読んでくださった方、ありがとうございました。



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