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〔ショートストーリー〕黒い鍵

アパートで目覚めると、もう正午近くになっていた。平日の昼間、天気も良い。理由もなくこんな時間まで寝ているのは、真っ当な大人とは言えないな。その筆頭は俺か。

昨夜はしこたま飲んだ。最初の居酒屋で隣に座った男と意気投合し、その後ふたりで何軒かハシゴしたが、はっきりとは覚えていない。
ちょっとしたケンカで工事現場のバイトをクビになり、ヤケ酒を飲んで荒れていた俺の愚痴を、どこか学者風のその男は頷きながら聞いてくれた。最後はその男のお勧めの店に行った気もするが、あれはどこだったのだろう。
もやがかかったような頭を振っても思い出せず、二日酔いの頭痛が酷くなるだけだった。

「いててて…」
頭を押さえながら、机の上に手を伸ばす。昨夜の飲みかけ(らしい)ウーロン茶のペットボトルを手に取り、一口流し込もうとした時、机の上に何かあることに気が付いた。
「鍵…か?」
それは見たことの無い、奇妙な鍵だった。黒く細く、小さい鍵。持ち手の部分は楕円形になっており、反対側の黒い棒の先には鍵らしいギザギザがある。一体どこの鍵だろう。なぜここに?

考えても分からないので、片っ端から鍵を突っ込んでみた。カギをかけたことも無い箪笥の鍵穴から、何年も使っていない旅行鞄、しまいには壁の小さな穴や洗面台の鏡の隙間まで、頭の痛みに耐えながら差し込んでみたが、手応えは皆無だ。
「何だろう、この鍵…」
呟きながらふと洗面台の鏡を見て、俺は違和感を覚えた。
「ん?こんな所にホクロ、あったか?」
左頬の真ん中に、小さな黒い点が見える。触ってみると、そこだけ引っ込んでいるような感触だ。まるで小さな穴のように。

まさか…な。そんなはずは無いのに、何故か手が震える。
しばらく躊躇った後、俺は黒い鍵を左頬に近付ける。そんなことあるはずが無いと思いながら、そっと頬のホクロに鍵を当てると、吸い込まれるように入った。震える手で前向きに回そうとしても動かない。ホッとしたのも束の間、反対向きに回すと「カチリ」と音がして、左頬の奥で何かが外れたのを感じた。柔らかい仮面のように、俺の顔がハラリと落ちる。

一瞬の沈黙の後、俺は吠えるように悲鳴を上げた。

(完)


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