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【 #お部屋探しのエピソード】親友とロフト付きのお部屋を探した日


親友が生まれて初めてひとり暮らしをするという。
人生で大きな決断をした為だ。

彼女は「とにかくロフト付きのお部屋がいい」と言った。


         🐈🐈



不動産屋巡りの前夜、我らは居酒屋で決起集会をした。

席に着くと、親友は居酒屋のテーブルに緑色の用紙を置いた。
私は生まれて初めて証人欄にサインをした。

晴れて自由の身となる親友のハイテンションと、
決して書き損じてはならぬ、というプレッシャーに板挟みとなった。

興奮さめやらぬ親友は、このまま我が家へ泊まると宣言した。

我々は大人になっても高校生のまま、はしゃいで暮らしている。

そういえば彼女とは、夜の学校のプールに忍び込んで、制服のまま泳いだ日に親密になった。
結婚式のスピーチで、架空の思い出話を涙ながらに語る、というのもやった。新婦しか笑っていなかった。

ずっとずっと、あの頃のままだ。

翌朝、役所の休日窓口へ出掛けた。
完成した離婚届を提出する為だ。
役場の前で、親友は記念撮影をした。
当時、空前のヨガブームが来ていた親友は、英雄のポーズで離婚届を掲げながら写真を撮った。


         🐈🐈

私はロフトのデメリットを切切と説いた。

疲れて帰ってきてロフトへ上がる気力もなく、メイクも落とさず、1階で突っ伏して寝落ちするだろう。憧れのロフトはだんだん物置きになるよ、と言っても頑なに聞かなかった。

親友に新居の条件を聞いた。
築浅、鉄筋RC、オートロック、駅近。
あれよあれよと、夢のまた夢を語り出した。

私は“不動産屋マジック”について説法をした。

「いいかい、不動産屋は3軒の候補を出してくるだろう。1軒目はジャブ。新品でぴかぴかな理想郷、だけど家賃が高いのを持ってくる。2軒目は、家賃は希望通りだが古めかしかったり、ややしょんぼりする物件だ。このふたつの物件の落差により、最後の3軒目が輝かしく見える。これが不動産屋マジックだ。物件の紹介順に惑わされず、自分が一番気に入ったお部屋にするのだよ。」

あとは天に任せた。


         🐈🐈

親友の直感を信じ、街の不動産屋に入った。

着席するなり、親友は「ロフト付きのお部屋!」と選手宣誓をした。

私は不動産屋さんにテレパシーを送った。
現実を突き付けつつ、お手柔らかにお願いします、と。

意外にも不動産屋は、1軒目に予算内の理想郷を提示してきた。
いくつかの候補と共に、我々はすぐに内覧へ出掛けた。

ロフト付きのお部屋には、天井にシーリングファンが付いていた。
木目調のファンとロフト付きのお部屋。
まるでリゾートホテルの一室のようであった。
決して広くはないけれど、ここから新しい生活がまた始まるのだ、という予感は確かにあった。

親友は歓声を上げ、一目散に梯子を登った。

私と不動産屋は、1階で待機した。

親友はひょっこりロフトから顔を出した。
足をぶらんぶらんさせて喜んでいた。

親友は大きな声で、ロフトでどうやって快適な生活をするかについて語り出した。
ここで本を読んだり、いや待てよ、寝室にしよう、そうだ、本を読むなら可愛いブックライトも見つけなくちゃ、と。

私と不動産屋は、1階で待機した。

痺れを切らした不動産屋は「そんなに気に入っていても、降りてこないと契約出来ませんよ」と言った。

友人は明るい声で「はーい」と返事をし、ととと、と梯子を降りてきた。


         🐈🐈

実は前々夜、親友はひとりで別の不動産屋に行っていた。
個人経営の不動産屋で、親友は「人生初の賃貸契約です」と明かしてしまったようだ。
不動産屋に言いくるめられ、内覧をしただけで、手付金として3万円も払っていた。
そして不動産屋は「返金不可」と言ったそうだ。

親友は騙されたことが悲しく、墓場まで持っていこうとしていたが、昨夜のお泊り会でハイテンションになり、口が滑ったのだ。

すぐに取り返しに行った。

どんな悪徳不動産屋だろうか。
意気揚々とドアを開けると、スタートアップ企業のような、緑色を基調としたオフィスが広がっていた。

スタートアップの若手社員のようなスーツ姿の男性2人組が出てきた。靴の先端は尖っていた。

私が返金を求めると、呆気なく3万円は返ってきた。帰り際にお名刺をいただいたが、名刺を持つ上司と若手の手は震えていた。どうしてかなぁ。

大切な軍資金を取り戻した我々は、喜び勇んで新居の家具を買いに行った。
友人は赤い電子レンジに一目惚れし、すぐに新居に置いた。
勿論、新居の寸法など測っていない。
床に直置きとなった赤い電子レンジ。
我らのお部屋探しの象徴である。


         🐈🐈

私は親友に新居祝いを贈った。
小さなおもちゃのプラネタリウムだ。
ロフトの天井に投影しながら眠れるように、と選んだ。

親友はたいそう喜んだ。
後日、親友から手紙が届いた。
我々は高校の授業中から、ずっと手紙を贈り合っている。

手紙には「プラネタリウムを眺めながら、ヤックルを抱いてロフトで眠っています」と書いてあった。

ヤックルとは、我々が遠距離友情をしていた時代、私は映画『もののけ姫』を観たお土産として、ヤックルのぬいぐるみを贈っていた。私も忘れていた。

そういえばヨガも一緒にグアムに遊びに行った時に覚えたものだ。

ロフトの天井に映る
人工的な星を眺めながら
ヤックルを抱いて眠る大人。

良い夢が見れそうだ。 


自分の為に人生を送ろう。
誰かの意見に惑わされずに、
思い通りの暮らしをしよう。
もし貴方の人生を笑う人が居たら
私が人生の楽しさを説いてあげよう。


あの頃のままのわたしたちは
今もどこかでうまくやっている。


🏠 おしまい 🏠


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