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【小説】連綿と続け No.49

侑芽は城端のアパートに戻った。
航が役所まで迎えに来る事になっていたが、
とても会う気にはなれない。

部屋に入ると同時に
スマホがブルブルと鳴っている。
航からの着信であった。

何度もかけてくるから、
思い切って電話にでる。

侑芽)はい……

航)やっとでた。今どこにおるが?役所で待っとれ言うたがに

焦っている様子の航。
侑芽はか細い声で答える。

侑芽)ごめんなさい……

航)なんで泣いとるんや

侑芽)いえ……泣いてません

航)アパートにおるんやろ?今そっち行くさかい、ちょっこし待っとれ

航の優しい声。
それが余計に胸をしめつける。

待っていろと電話を切られたが、
今会っても
まともに顔を見ることさえできそうにない。
胸がざわつく。

航が自分の知らないところで、
あの人と今でも……

香菜の言葉が脳裏から離れない。

「この前ちょっこし会うたの』

耳を塞いでも目を瞑っても
いつまでも残る香奈の声と姿。
信じたくはないが
着信履歴は確かに航だった。

するとインターホンが鳴る。
終わりの始まりの予感に
航と会うのが怖かった。
仕事だけでなく航まで失ってしまうのかと。

いったい私は
何がいけなかったのだろう……

鍵を開けると
航が勢いよくドアを開けた。

航)何があったが?

入ってくるなり侑芽を抱きしめる航。
息をきらしているから
階段を駆け上がってきたのだろう。

侑芽のアパートは職員宿舎でいわゆる社宅だ。
見た目は普通のアパートで、
侑芽の部屋は3階の角部屋であった。

普段は人目を気にして、
航がこの部屋に入ることはない。
2人が会う時は自分の家と決めていた。

しかし、
今はそんな事を気にしている場合ではない。

いつもなら抱きしめるとすぐに
侑芽も抱きしめ返すのだが、
今はそれもない。

航)どうした?

侑芽)いえ……ちょっと疲れちゃって

航)仕事の事だけやないがけ?

侑芽)井波の担当外されて……結局マルシェも……

航)はぁ?なんでちゃ!侑芽がおらんかったら、あそこまで参加者増えんかったはずやちゃ!なんで……

荒ぶる航をなだめるように、
ようやく侑芽も航の背中に腕を回した。

侑芽)ちゃんと最後まで聞いて?

航)そやけど……

侑芽)それだけじゃなくて、私……五箇山支所に異動になります

航)は!?そんなんおかしいやろ!

侑芽)私の軽率な行動が誤解を招いたので、仕方のない事だと思います

航)何を言うとんが?侑芽は何も悪くないちゃ!今から話つけてくるさかい、ここで待っとれ!

出て行こうとする航の腕を掴む侑芽。

航)離せ!こんなん納得できんやろ?

振り返って立ち止まる航に、
侑芽は目を逸らしながら話しを続けた。

侑芽)航さん。大谷香菜さんって方と、お付き合いされてましたか?

香菜の名が侑芽の口から出てきた事に
驚いて目を見開く航。

航)は?なんで侑芽がそんなこと……

侑芽)やっぱり。まだお付き合いされてたんですか?私てっきり、航さんは私だけだって、そう思ってたから……

話しながら泣き出してしまう侑芽は、
床にしゃがみ込んでしまう。
航は屈んで侑芽に弁明する。

航)そんなわけないやろ?アイツとはとっくの昔に別れとる。それに長う付き合うとったわけやないちゃ。誰に聞いたんやそんなこと

そう話しながら侑芽の背中に手を回すと、
侑芽はその手を振り払った。

侑芽)嫌っ!!

航)なんで……何を聞いたが?

侑芽はそれ以上なにも答えない。
航はとっさに香菜が接触し
何か話したのではないかと思い、
顔を顰めて天井を仰いだ。

航)何を聞いたんか知らんけど、今は何の関わりもないがよ。本当やちゃ。けどこの前、突然うちに来て、母さんに写真見せてきた。まぁ、母さんも俺もそんながは信じんですぐ追い払ったけどな

侑芽はそれを聞くと
はっと顔を上げた。

侑芽)写真って……

航)俺は見とらんけど、一平と同じ傘に入っとったて。たぶんその写真をアイツが役所に送ったんやと思う

侑芽)香菜さんが?

航)アイツ、俺を恨んどるんや。その恨みを侑芽にぶつけとるんやと思う

侑芽)どうして……

航)俺が侑芽に本気で惚れとるから

侑芽)……

航)アイツには悪いけど、あの頃しつこく付き纏われて、仕方のう付き合うたが。若気の至り言うか……要はやる事やって放ったらかしたら、向こうが浮気して、それを都合よく使うてすぐに別れた

侑芽)……!

航)やさかいそれを根に持っとるんや。それやったら俺に復讐すればええんやけど、祭りで俺と侑芽を見かけたらしゅうて、矛先が侑芽に向こうたんやと思う

そう言いながら悔しそうな顔をしている航。
侑芽は俯いたまま何も言わない。

航)嫌になったか?俺のこと

侑芽は黙ったまま、
ゆっくりと首を横に振る。

航)ならこっち向いて?

侑芽が顔を上げると、
航が顔を近づけていく。
だが唇を重ねようとしたその時、
侑芽が顔を背けた。

侑芽)ごめんなさい……


※この物語は全てフィクションです
 実在する団体、個人とは一切関係ございません

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