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【小説】連綿と続けNo.9

侑芽が航に飴玉を渡す。
それを受け取ろうと航が手のひらを差し出したその時、侑芽が航の手に触れる。

航)え?…な、何!?

「父と同じ手」と呟き
懐かしそうに航の手に触れる侑芽。

航)……!?

航は驚きつつも拒むこともせず、
それを受け入れた。

航)親父さん…何の仕事しとるが?

侑芽)自動車の修理をする町工場で働いています。子供の頃、父と手を繋ぐと分厚くて繋ぎにくくて(笑)ちょうど、こんな手でした

そう言いながら笑う侑芽。
そんな彼女を黙って見つめる航。

すると侑芽が突然、我にかえり
慌てて手を離した。

侑芽)あっ…、ごめんなさい!私、つい…

航)別に、ええけど…

沈黙になり
侑芽は慌てて車から降りた。

侑芽)送ってくださって、ありがとうございました!おやすみなさい!

航)おぉ…、じゃあ…また…

航は車を出した。
走り出してからバックミラーを見ると、
侑芽がまだ見送っていた。
航はそれが見えなくなるまで、
何度もその姿を確認した。

手のひらに侑芽の感触が残っている。

なんとも言いようのない感情が
胸を騒つかせた。

そして実家に戻ってくると、
両親がニヤニヤしながら近寄ってくるから、
航は怪訝な顔で

航)何?

歌子)どやった?

航)は?何が?

正也)チューくらいしたんけ?

航)はぁ!?するわけないが!なんでそんな事になるが!

歌子)なんや〜、せっかくチャンス作ってやったがに〜!

航)アホけ!第一、興味ないちゃ!

正也)それは嘘やろ!ちょっこしは、ええなて思うたやろ?侑芽ちゃん可愛いて思うたやろ?

歌子)どうなが?(どうなの?)なぁ、どうなが!?

2人から詰め寄られて困り果てた航は
自分に言い聞かせるように

航)やかましい!どうも思うとらんし、今後も思わん!変な期待すな!

そう答えて自宅へ帰った。
しかし両親は静かにバンザイをし
手を取り合った。

歌子)これはもしかしてもしかすると、侑芽ちゃん争奪戦、まさかの航の逆転勝利あるがやない?

正也)あるある!今んとこウチが一歩リードちゃ!またこの作戦で侑芽ちゃん誘えばいいんでないけ?

歌子)うん!そうやね!それにうち、今日ほんまに楽しかった。娘ができたみたいで

正也)俺もや。航が嫁さんもろたら、こうなるんやなて…なんやそう思てしもた

歌子)お見合い、断って良かったかもね?

正也)そうやな。いい方に向かうとええな

歌子と正也は
根拠のない幸福感に満たされていた。

一方侑芽は、翌日から祭りのスケジュールの入ったプリントを配るため、西川と共に町内を回ってる。

最後に訪れた家は
散居村の水田の中にある農家の屋敷だった。

その屋敷は散居村特有の
屋敷林の家だ。

玄関に入ると囲炉裏がある部屋に通される。
天井が高く昔ながらの農家の作りをした家だ。
そこへ家主の老夫婦が出てくる。

どこか品のあるその夫婦は、
優しくて物腰の柔らかい雰囲気の人達だった。

侑芽が自己紹介をすると、
主がニコニコしながら口を開く。

「わざわざ足を運んでくださってありがとうございます。私は皆藤正信かいどうまさのぶと申します。こっちは妻の糸子いとこです。どうぞ宜しゅうお願いします」

その名前を聞いて
侑芽は驚いた。

侑芽)皆藤さんって…八日町通りの木彫刻の…!?

正信)そいがそいが!あれはうちの息子夫婦と孫のとこやちゃ

侑芽)やっぱりそうでしたか!

つまりこの老夫婦は
航の祖父母である。

糸子)もともとは私らがあそこにおったがやけど、息子夫婦に代替わりした時、こっちに越してきたが。もともと親類がここで長う農家をやっとって、その人らがおらんくなって空き家になっとったが。ほんでこの家を私達が引き継いだんや。

侑芽)そういう事でしたか!

糸子)驚かせちゃったわね?かんにん!

侑芽)表札を拝見した時から、もしかしてとは思ってましたが、大変失礼いたしました!まだこの土地の事を何もわからないので、これからご指導ご鞭撻のほど宜しくお願いいたします

正也)な〜ん!こちらこそやちゃ!そやけど私らに出来ることがあれば、何でも協力させてもらいます。やさかいこの街に、若い力をお貸しくださいね!

糸子)困った時はお互い様や。こんな若いお嬢さんが慣れない土地で頑張っておられるなら、私らも喜んで協力させてもらいますちゃ

2人から温かい言葉をかけられホッとした侑芽は、ご挨拶をすませてそこを後にした。

順調に祭りの準備が進む中、
富樫から思いもよらぬ知らせを受ける。

富樫)急で悪いがやけど…上からの提案で連休中に市内で"街コン“することになったさかい、その準備も宜しゅうね〜!

侑芽)街コン!?

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