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【小説】連綿と続け No.34

航)次の休み、どっか出かけよ?

一度離れかけた分、
掛け替えのない存在という事が身に染みてわかり、
一緒に居られる時間を
これまで以上に大切にするようになった2人。

侑芽)海、見に行きたいです!

航)海…確かにええな。俺も久しく見とらんちゃ。ほんなら水着、着るんけ?

侑芽)水着!?着ませんよぉ!海見るだけです!

航)ふ〜ん。なんや、期待してしもた

航は口を尖らせ、拗ねて見せる。
侑芽はそんな航を見て笑った。

侑芽)なんで〜?だって嫌ですよ!恥ずかしいです!まだ寒いですし

航)夏になったら着るが?

侑芽)着ませんよ!絶対!

航)なんや……

2人きりの時はこんな風にじゃれあい、
何時間も他愛のない話をしている。

まさに平和そのもの、
といった休日を過ごしていると、
突然、航の家のドアを
乱暴にノックしてくる人物が現れた。

ドンドンドンドン!!

航)ん?…

侑芽)誰でしょう。お客さん?

航は侑芽との時間を邪魔され
機嫌悪く出て行く。すると

「たのもー!!」

外で誰かが叫んでいる。
航は聞き覚えのあるその声にビクッとした。

航)この声は…アイツや……

侑芽)あれ?この声は……

そう、声の主は
侑芽の親友である春子であった。

航は少し前に
春子に喝を入れられているから、
彼女の存在がトラウマになっている。

しかし侑芽の親友であるから邪険には出来ず、
渋々ドアを開けると、
春子が鬼の形相で仁王立ちしている。

航)は?…今度は何や?

侑芽)やっぱり春ちゃんだ!どうしたの?

春子)あのさぁ。あんた達さぁ、元のサヤに戻ったらしいけどさぁ、それって誰のおかげなんだっけ?

高圧的にそう聞かれた航は、
面倒くさそうな顔をし、
小さな声でこう答えた。

航)それは…あんたのおかげやろ

春子)は!?声が小さいんですけど!!

航は大声で威嚇してくる春子から
反射的に体を反らしながら

航)は、春子さんのおかげです!!

春子)よろしい!!

侑芽)フフフ!春ちゃん、本当にありがとうございました!でも…そんなこと言いにわざわざ来たの?

春子)そうだけど?悪い?

侑芽)悪くないけど……

航は春子が何か言いたそうにしている事に気づき、
仕方なく

航)どうぞ

と言って春子を中に入れた。
春子は当前のようにズカズカと入ってゆき、
仁王立ちで家の中を見渡す。

この部屋には
そこかしこに侑芽の私物が置いてある。

歯ブラシ、洋服、茶碗やコップ、
それらを「ふ〜ん!」と言いながら確認しつつ、
ソファーにドカッと座って足を組む春子。

侑芽はアイスコーヒーをいれて春子に出し、
なぜか航と共にソファーの下に座って
春子に見下ろされている。

航は目を細めている。

これは何か厄介な事を言われそうだと
悪い予感が頭をよぎり、
話を聞く前から頭を抱えている。

侑芽)それで、今日は何かこっちに用事?

侑芽がそう聞くと、
春子はしかめっ面のまま

春子)あのさぁ、この前あんた(航)に文句言いに来た時に一緒にいた人?名前なんだっけ

航)あぁ、あいつは「川島武史」言うて、俺の同級生ちゃ。武史がどうかしたんけ?

侑芽)春ちゃん、武史さんとはお祭りの日も会ってるよね?

春子)え?そうだっけ?覚えてないけど?

白々しい嘘をつく春子。

祭りの日、
春子は街コンを途中退場して皆藤家で飲んでいた。
その時に初めて武史と会い、
雷に打たれたような衝撃を受けていた。
だから忘れるはずはない。

そして先日、
航に文句を言いに来た際に
仲裁に入った武史と再会している。

航)ほんで、武史に何か用?そう言えばこの前、俺が帰った後、2人で飲んだんか?

航がそう聞くと、
照れた様に人差し指で髪の毛をクルクル回しだして、
鬼の形相から乙女の顔に変わった。

春子)そうなの♡その時にね?ご馳走になっちゃって?なんか悪いな〜って。だからお礼?しなきゃかなーって

航)別に礼なんてええよ。あんたやて俺達の為にわざわざ来てもろたんやし。そんなん気にせんでも…

航が「気にしなくていい」と言いかけると
春子はすかさず

春子)気にするわよ!こういうのは直接お礼しなきゃ気が済まないの!だからね、またあの人呼んでくれる?

大声でそう言いい、
アイスコーヒーをがぶ飲みしている。
侑芽と航はそんな春子に圧倒されている。

春子)それとね、あの人…どうやら私に惚れちゃったみたいなの

航)はぁ?なんでそう思うたんや?

春子)だってね、帰り際にすっごいこと言われちゃったんだから!

侑芽)なんて言われたの?

春子は武史の声を真似て
その時を再現する。

春子)「また飲もうな?俺が、抱いてやるから」って♡……ギャー!!

そう言って
両手で顔を隠しキャーキャー叫んでいる。

侑芽)え……どうして武史さんそんなこと…

航はそれを聞き頭を抱え、
うなだれている。

そして春子に聞こえぬように
侑芽に耳打ちする。

航)あのな、「だいてやる」言うんはおごってやるって意味ちゃ。完全にこいつの勘違いや

そう、春子は誤解していた。
富山弁の「だいてやる(ご馳走する)」を、
「抱いてやる」と勘違いして騒いでいるのだ。

侑芽はそれを聞き呆然とし、
キャーキャーはしゃいでいる春子に
本当の事が言えず、
ただただ顔を引きつらせて笑った。

航はこっそり離れて
武史にLINEを送った。

『また春子が来た 助けてくれ』

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