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【小説】連綿と続けNo.6

侑芽の噂が街中に広まっている頃、
当の本人は、よいやさ祭りの打ち合わせで井波八幡宮に来ていた。

ここはかつて井波城という中世の城があったという。
戦国時代、越中一向一揆えっちゅういっこういっきが勃発し
一向宗の総本山となったのが瑞泉寺で
その目と鼻の先にあるこちらが彼らの拠点となった。

今ではその動乱が嘘のように静まり返り
城の痕跡は土塁や枡形など僅かに残っている遺構だけである。

緩い石段を上がっていくと
参道から社殿一帯は木々に覆われ
そこから木漏れ日がさして神々しい雰囲気を醸し出していた。

侑芽は西川や武史に案内されながら、
祭りのスケジュールを確認している。

西川)5月2日に宵祭よいまつりいうて、要は前夜祭をやるが!その日の午後、ここから神輿を動かすのちゃ

武史)そいがそいが(そうそう)。獅子舞や巫女舞の奉納もあって、屋台獅子の披露もある。前夜祭いうても実質、宵祭から祭りは始まっとるのちゃ

侑芽)へ〜、なんかもう今からワクワクします!

侑芽はメモをとりながら流れを頭に叩きこんでいる。
他所よそから来た人間が祭りの運営に携わることはこれまでなかっただけに
武史と西川は得意げになっている。

西川)ほんで3日の本祭は、朝9時に神輿渡御が始まるんやけど、大人が担ぐ神輿と子供が担ぐ神輿があって、合わせて6つの神輿が町内を練り歩くがよ

武史)最近は華神輿はなみこし言うて女性も神輿を担ぐさかい、一ノ瀬さんもどうや?

侑芽)機会があればぜひ!でも今回は初めてなので、遠慮しますね(笑)

神輿の他に3つの獅子と4つの屋体も練り歩き
大いに賑わうと言う。

そんな話を聞いていると誰かが境内に入ってくる。
3人がそれに気づき振り向くと、
航と正也がこちらに向かってくる。

侑芽)あっ…こ、こんにちは!

侑芽は航を見るなり
無意識に後ずさりしてしまう。

航も侑芽に気づき、
侑芽から視線を逸らした。

正也)おぉ!一平くんと武史やないけ!久しぶりやなぁ。あれ?こちらのお嬢さんは?

西川)そうや、昨日正也さんおられんかったんや!こちらは昨日から市役所に入った一ノ瀬侑芽さんです。東京から来られたばっかりやさかい、「よいやさ」の打ち合わせ兼ねて案内しとったとこながです

正也はそれを聞くと昨日の話を思い出し
腰を低くして侑芽に頭を下げた。

正也)あぁ!あなたが!昨日はうちのダラ息子が失礼な事を言うたみたいで、ほんまにすんませんでした!

侑芽)いえ…こちらこそ…申し訳ございませんでした

侑芽と正也が頭を下げあっているが
航は他人事のようにそっぽを向いている。
そんな航の態度を見かねた武史が慌ててフォローした。

武史)こいつほんまはええ奴やさかい、許してやって?一応反省しとるみたいやし

航)別に…反省なんかしとらん!ほんまの事を言うただけや!

ぶっきらぼうにそう言い返すと、
正也が航の頭を引っ叩き

正也)このダラ!!謝らにゃいかん時はきちんと謝れ!

侑芽)いえ!!私が悪いので大丈夫です!

侑芽はこれ以上、航と顔を合わせるのが気まずくなり
オロオロしながら西川達に目配せし

侑芽)今日はこれで失礼します!

とその場から離れようとした。すると

正也)ちょっこし待って!今な、祭りで使う神輿が破損しとるて連絡きて、そこを見に来たとこなが!一ノ瀬さん、まだ神輿、見たことないやろ?せっかくやさかい見ていかれ!

そう言われて断ることができず、
西川達とともに収蔵庫に入った。
そこには金箔が貼られた煌びやかな装飾と
巧みな細工が施された神輿が収められていた。

侑芽)わぁ…かっこいいですね〜

侑芽が神輿に見入っていると
西川や武史、正也が誇らしげに笑った。

武史)凄いやろ?これがこの街の誇りなが!

正也)おいおい、自分が作ったみたいに言うて!

侑芽)これも井波の職人さん達が作られたんですか?

正也)そいがそいが!彫刻の箇所はうちとこ含めた井波彫刻の職人らが代々担っとる。彫刻家だけやのうて、この街の色んな職人達が携わっとるんや

侑芽)凄い…こんな細かい仕事、私にはとても無理です

何気なく放ったその一言が
またしても航を苛立たせた。

航)当たり前や!何年も修行してようやく彫らせてもらえるんやさかい、素人しろうとにできるわけないやろ

またしても怒鳴られて萎縮してしまう侑芽

侑芽)ごめんなさい…

いたたまれない気持ちで
何も言えなくなってしまう。
皆が航に対して呆れ、侑芽に同情した。

武史)航!そういうとこやちゃ!お前のアカンとこは!

正也)はぁ…こらもう、うちのダラ息子は早速エントリーから外れてしもたちゃ

西川)エントリーて何のことです?

正也)そら決まっとるが!侑芽ちゃん争奪戦のエントリーや!

高木のおばちゃんによって街中に広まった
侑芽に彼氏がいないという話は
もちろん皆藤家にも聞こえていたから
正也は無念そうに肩を落とした。

侑芽)それ…どういう事ですか!?

武史)侑芽ちゃんは知らんでええよ(笑)

西川)そうやな…知らん方がええちゃ

航)俺はそもそもエントリーなんてしとらん!

航は不機嫌になりつつも
神輿の破損箇所を正也とチェックした。

それが終わり5人で境内を出る時
正也は八幡宮の宮司と立ち話を始め、
西川は電話をしにその場から離れ、
武史は手洗いに行ってしまい
侑芽と航が2人きりになってしまった。

2人は参道の端で立ち止まり
気まずい沈黙が続いたが、
航が突然、重たい口を開いた。

航)昨日は…かんにん

侑芽)え?…

航)あんたには関係のないことやったと思う。その…悪かったて思うとる

ボソボソとそう言い、気まずそうに侑芽の顔をちらと見た。
思いもよらぬ航からの謝罪を受け
侑芽はようやく胸のつかえが下りた。

侑芽)いえ!地元の方々のお気持ちが聞けて良かったです!

航はそれ以上、何も話さなかったが
ずっと自分に怯えていた侑芽から笑顔が出たことに
どこかほっとしていた

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