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【小説】連綿と続けNo.4

侑芽は航に睨まれたまま目を逸らすことができない。
西川と航は小中学校の同級生なのだが、
性格が合わず、
昔からあまり口をきかなかった。
だから大人になった今も、
さして話すこともない。

だが歌子は子供の頃から知っている西川を可愛がっており、
親しく話し込んでいる。
すると玄関先まで
航がドンドンと大きな足音をたててやってき来た。
そしてものすごい剣幕で怒鳴りつける。

航)やかましい!何しに来たんや!仕事の邪魔や!

航の登場にピタリと会話が止まる。
侑芽は怯えながら西川越しに航を見ている。

歌子)ちょっとぉ!そんな言い方せんで?お客さんやろ!

西川)かんにん!いや今日はな、富樫さんに頼まれて役所の観光推進課に入った新人さんを紹介しに来たのちゃ!今度から井波の担当になる一ノ瀬さんや!

西川が侑芽を紹介すると
航の視線が侑芽に向けられた。
侑芽はオロオロしながらも
なんとか笑顔を作り挨拶をした。

侑芽)お仕事中にお邪魔して申し訳ございません!本日から南砺市役所に入りました、一ノ瀬侑芽と申します。宜しくお願いします!

歌子)そうやったの〜!さっきチラッと見かけたんやけどね!これから大変やろうけど宜しゅうね!

歌子はニコニコしていたが、
航は侑芽を睨みつけたまま

航)おい!観光なんて推進すんなよ?こっちは仕事もプライベートも観光客に踏み込まれて迷惑しとるんや。ここは見世物みせもんでない。普通に生活して普通に仕事しとる場所やちゃ!もうええ加減、観光に頼るんはやめてくれま!

そう吐き捨てて工房に戻って行った。
侑芽はいきなり怒鳴られて立ち尽くしている。
歌子は申し訳なさそうに謝罪した。

歌子)かんにんね?今、大仕事を任されて気が立っとるの。ほんと……気にせんでね?

侑芽)いえ。こちらこそ急にお邪魔してしまって申し訳ございません……

西川)とりあえず、今日はこれで失礼しようか

侑芽)はい……

西川と侑芽は気まずそうに頭を下げて出て行った。
歌子はそんな2人を見送ってから
工房に入り航を責め立てた。

歌子)こら航!初対面の人になんてこと言うんや!

航)本当の事を言うただけや!

歌子)はぁ?自分がどんだけひどいこと言うたかわからんが!?

歌子がギャンギャン怒っていると、
航の父・正也が奥から出てくる。

正也)やかましい!何を言い争っとるんや

正也は歌子から事の顛末を聞き、
作業している航の隣に胡座あぐらをかいて座った。
そしてあえて叱りつけもせず、
穏やかな口調で諭した。

正也)おい航。お前が昔から観光客の事を不満に思うとることはようわかる。けどな、今日ここに来た人には関係のないことや。お前が仕事を真面目にしとるのと同じように、相手も仕事をしとるんや。それはわかるな?

航)……

正也)それとなぁ、女の子にはもっと優しゅうせんにゃモテんぞ!

正也は航の背中を叩いて大口を開けて笑った。
そして隣で呆れている歌子に目配せをし、
それ以上、航を責めなかった。

航はその後も黙々と仕事を続けた。
外が薄暗くなっても、
工房からはトントントン、カンカンカン
という木槌の音が響いている。

正也の言葉が航の頭の中でこだまする。

「お前が仕事を真面目にしとるのと同じように、相手も仕事をしとるんや」

その言葉とともに、
侑芽がショックを受けたような顔で
立ち尽くしていた姿を思い出していた。
航は動かしていた手を止め深いため息をつき、
この日は仕事を早めに切り上げた。

彼は実家を兼ねた職場であるここには住んでいない。
成人してからは
仕事とプライベートは分けたいと家を出た。

家を出たと言っても裏手の路地にある
かつては工房だった空き家を
自らリフォームして一人暮らしをする部屋に仕上げた。

そこから毎日通い、
食事は実家で済ませるという日々だ。

しかしこの日は「飲みに行く」と言って
夕食を食べずに帰った。
航がいなくなってから、
歌子は正也にぼやいた。

歌子)あの子、これからどうするんやろう。あんなんやと結婚どころか彼女もできんわちゃ

正也)まぁ、今は仕事で精一杯ながやろ。けど、恋愛でもしたらのう……

両親が自分の行く末を案じているとは
つゆも知らない航は、
心のモヤを晴らすべく
幼馴染の川島武史かわしまたけしを誘い、
行きつけの居酒屋に飲みに行った。

武史)そういえば今日、一平が役所に入った新人さんを連れて来たが

航)あぁ、うちにも来た。すぐ追い返したけどな

武史)はぁ?お前、相変わらずやな。えらい可愛い子やったがに。で、あの子に何を言うたが?

航)観光推進すな!もう観光に頼るんはやめてくれ!て言うた

武史)なんてこと言うたんや!役所に入ったばっかしの子に、そんなこと言うたら夢も希望もわかんやろが!このっダラ!!

武史が言う「ダラ!」とは、
「アホ」や「バカ」を意味する富山弁である。
武史にさんざん説教された航は、
ボソボソと本音をもらす。

航)確かに……あの子には関係のない話やった。けど、本当のことやちゃ

武史)そらお前はあの参道で育ったさかい、観光客を毛嫌いする気持ちもわからんではない。けどなぁ、お前みたいに技術だけで食うていける人間ばかりやないのちゃ。うちみたいに旅館業や飲食店は観光客が来んと食うていけんやぞ?

武史の家は古くから庄川沿いで
『となみ荘』という旅館を営んでいる。

彼はそこの一人息子で、
いずれは跡を継ぐことが決まっており、
高校卒業とともに家業に入った。
そういう意味では、
この二人は同じ境遇である。

航)そっちゃそうやけど……

武史)とにかく、言い返せんような子に酷いこと言うたら、だちかん(ダメだ)!

航)わかっとるて……

航はなぜか
武史の言うことは素直に受け入れる事ができる。
2人とも子供の頃から家業に携わってきたから、
同世代が遊んでいた時期も流されずに生きてきた。

しかし航は時々、
行き詰まるような思いにさいなまれる。
そういう時はこんな風に、
武史と飲みに出るのだ。

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