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【小説】連綿と続け No.45

その頃、
航は五箇山の秋祭りで使われる
獅子頭の修復作業を行っていた。

集中し、正也と確認をしながら細かい部分を補修し、
目の前の仕事と向き合っている。

あらためて紹介するが、
皆藤家がある八日町通りは、
瑞泉寺の表参道である。

この瑞泉寺の裏山は八乙女山やおとめやまという。
山の向こう側には庄川が流れ、
その上流を辿っていくと五箇山ごかやまと呼ばれる山深い地域がある。

三角屋根の合掌造りで知られ、
山を隔てて隣接する岐阜県の白川郷とともに
世界文化遺産に登録された事で有名になった。

五箇山は険しい山や谷からなる地域で、
いわゆる秘境である。

冬は日本有数の豪雪地帯となり、
他地域とは遮断されたような土地であった。
それゆえに独特な文化や風習が今に受け継がれている。

厳しい環境の中で暮らす人々の
数少ない楽しみであった祭りの道具や、
寺や民家で使われる仏具や欄間などは、
井波彫刻の職人達が手がけてきた。

皆藤家も代々
それらのメンテナンスを担っている。

夕方になり
航がひと息ついていた頃、
皆藤家を訪ねてくる者がいる。

「まいどはや〜!」

航)……!?

その甲高かんだかい声は工房まで届き、
航は一瞬、手が止まった。
玄関に出て行った歌子は

歌子)あれ?香菜ちゃんやないが!ひ、久しぶりやねぇ……

突然現れたのは、
かつて航と付き合っていた大谷香菜おおたにかなであった。
彼女は航の高校時代の後輩で、歳は2つ下だ。

香菜)ご無沙汰しとります!近くまで来たさかい、久しぶりにお母さんの顔が見とうなって寄らせてもらいました!お母さん、相変わらずお綺麗やね〜

歌子はニコニコしながらも、
航と侑芽の事が頭をよぎり、
複雑な思いで対応する。

歌子)なん!なんなん!香菜ちゃんは相変わらずおだてるのが上手いちゃ〜!アハハハ…

香菜)それより、航おるけ?

歌子)あぁ、おるけど……今ちょっこし仕事に集中しとってね

香菜)ふ〜ん。ほんなら終わるまで待たせてもらいます!大事な話があるんで

香菜が図々しく居座ろうとする。
そんな彼女に圧倒されつつも、
ここは自分が悪者にならねばと
歌子は笑顔の奥で鬼になった。

歌子)あのね、香奈ちゃん。うちから言うんもなんなんやけど、航のやつ、最近彼女ができたのちゃ。やさかい香菜ちゃんと2人で会うてしまうがは、ちょっこしまずいかなぁ。あ、気ぃ悪うせんでね?

香菜)知っとります。噂で聞いたし祭りでも見かけました。かなり若い子みたいやね?

歌子)そうながちゃ〜!ちょっこし歳は離れとるんやけど、凄くええ子でねぇ。うちらも上手ういけばええな〜て見守っとるとこなが!やさかい……わかってくれるよね?

歌子はやんわり追っ払っている。
だからこの時の歌子は、
顔は笑っていても目の奥は笑っていない。

しかしそれを察しても尚、
香菜は引かなかった。
それどころか強硬手段にでた。

香菜)ええ子ねぇ?これ見てもそう言えますけ?

気味の悪い笑顔を返し、
スマホで撮った西川と侑芽の写真を見せてくる。

香菜)誰とでもこんな事しとる子ですけど?

歌子)え?これ……一平くんと侑芽ちゃん?

香菜)そやちゃ。あの子、純情そうな顔して、航と一平に二股かけとるんちゃ!やっぱり東京の女はおとろしいわ〜

何枚も撮った画像を見せてくる。
歌子はそれを見ても
仕事だろうと相手にしなかったが、
航には見せるわけにはいかないと思い、
香奈を追い払おうと必死になった。
しかし工房から航が出てきてしまう。

航)何しとんが

歌子)ち、違うよ?これは何かの間違いやちゃ!

歌子は慌てて香奈のスマホ画面を
両手で隠した。

香菜)航!久しぶりやねぇ〜

航)帰れ!

香菜)なんでそんな言い方するが?航の事が心配で来たがに……

航)何しに来たんか知らんけど、お前とはもう何の関係もないさかい、余計な事しられんな!

香菜)そうやけど、あの子はやめた方が航のためやと思うたさかい

航)やかましい!いらん事すな言うたがに!

香奈は悔しそうに航を睨んだ。
航も睨み返し、見かねた歌子が

歌子)香菜ちゃん?こんながはもうせんでええよ?私も正也さんも航も、自分の目で見たもんしか信じんのちゃ。これはたまたま仕事で一緒やった時やて思う。一平くんも優しいさかい、雨が降って侑芽ちゃんが傘を持っとらんかったらこうするわちゃ。けど、心配してくれて、ありがとう

歌子は香菜を優しく諭した。
香菜はそれでも顔を歪ませ

香菜)うちはあの子のこと、ええ子だとは思わん!

そう言って口を尖らせ
逃げる様に去って行った。

香菜が去った後、
歌子と航は目を合わせてため息を吐いた。

歌子)あんた、香菜ちゃんとはしっかり別れたんやろうね?

航)当たり前ちゃ!もう何年も前やぞ!ほれにそこまで付き合うてない!それよりあいつ、何を見せてきたが?

歌子)あぁ……なんや西川くんが侑芽ちゃんに傘をさしてやっとるとこ見たらしゅうて……

航)一平が?

歌子)うん。けど仕事で一緒やさかい、そんなん気にしとったらきりないがいちゃ。あんたも変な勘ぐりして、侑芽ちゃん怒ったりせんでよ?

航)わかっとんが!

そう言いながらも航は気が気でなかった。
そしてその夜、
侑芽が仕事を終えて航の家にやって来た。

侑芽)遅くなりました〜

航)おぉ……お疲れ

侑芽)お邪魔します!

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