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【小説】連綿と続け No.44

マルシェの会場となる井波文化会館に着くと、
西川が待っていた。

侑芽)お待たせしました!

西川)俺も着いたばっかりや。先に中を見ようけ

侑芽)はい!

イベント当日は、
晴天なら屋外に店が立ち並び、
フリーマーケットの様な開放的なスペースで
マルシェが開催される。

雨天の場合はホールの中で
開催する事になっている。

今日は雨天になった場合を想定し、
ホール内での配置を念密に打ち合わせする。

侑芽)どう転んでもいいように準備しなきゃですね

西川)うん。そのつもりでおった方がええな

何事もなかったかの様に、
いつも通りの西川に少しほっとする侑芽。
すると西川が笑いだした。

西川)ハハハハ!そうや!

侑芽)どうしました?

西川)NANTOくんも来るがやろ?

侑芽)そうなんです。黒岩さんが「なんと素敵テレビ」の取材も入るからから呼ぼうって仰ったんですよ

西川)実は俺、NANTOくんと会うんは初めてやちゃ!

NANTOくんとは、
南砺市のご当地キャラクターの事である。

当日はテレビ取材や市報の撮影もあるため、
市を上げてのイベントになる。
その為、NANTOくんの着ぐるみが登場するのだ。

侑芽)私も初めてです!楽しみですね!

あらかた流れを確認し、
そろそろ帰ろうと外に出ると
土砂降りになっていた。

侑芽)え〜!富樫さんのいう事、当たっちゃったなぁ

西川)富樫さん、何て言うとった?

侑芽)弁当忘れても傘忘れるな〜って!

西川)あぁ、そんなんよう親からも言われたわ!懐かしいのう

侑芽)富樫さんが何度も言うから傘持ってきたんですよ。よかった〜

侑芽が鞄から折り畳み傘を取り出した。
すると西川は

西川)そんな可愛らしい傘でこの雨は無理ちゃ!

侑芽)確かに……私、雨宿りしてから出るので、西川さん先に出てください!

西川は大きな傘を持っている。
侑芽はそれを見て先に出るように促した。
だが西川は傘を開いて傾けてくる。

西川)一ノ瀬さんも入られ

侑芽)いえ、私は大丈夫です!

西川)この傘、大きいさかい2人くらい余裕で入れる。ほれ!

侑芽)すいません!では……失礼します

傘の中で西川と並ぶ侑芽。
歩き出すと西川は
侑芽の方ばかりに傘を傾けてくるから、
体半分はびしょ濡れになっている。

侑芽)私はいいので、ちゃんと入ってください!

侑芽が傘を西川の方に押す。
しかし西川は侑芽の方に戻した。

西川)俺はええのちゃ。一ノ瀬さんに風邪ひかれる方が困る

侑芽)すいません……

そして侑芽の車まで来ると

西川)早う乗りや

西川は運転席に侑芽が乗り込むまで傘をさし続けた。
侑芽は申し訳なく思い、
運転席に座ってからドアを開けたまま、
タオルで西川の肩を拭いた。

侑芽)本当にすいません。西川さんも早く帰って乾かしてくださいね

そのままタオルを渡し、
西川の顔を覗いてそう伝える。

西川)ありがと

西川は運転席が濡れないように、
傘を傾けたまま侑芽を見つめている。

侑芽)あの……私そろそろ……

西川)あ、うん。あのな、この前の事やけど……

侑芽)先日はすみませんでした!私が航さんにちゃんと説明してなかったから、誤解させちゃって……

西川)なん。航の言うてたことも半分本当や

侑芽)え……

西川)俺は仕事にかこつけて、一ノ瀬さんと会おうとしとった

侑芽)そんな……どうして……

侑芽が運転席から顔を上げ、
眉を下げて西川を見つめると、
西川が寂しそに笑った。

西川)わかっとる。一ノ瀬さんは航の彼女やて。俺に入る余地はないてことも……

侑芽は何も答えられず視線を落とした。
だが西川は続ける。

西川)何も望まんさかい。このまま……好きなままでいさせてくれんか?

侑芽)ご、ごめんなさい!私……西川さんのこと、そんな風には……

西川)わかっとる!わかっとるさかい。思いだけは伝えとうて。けど困るよな?こんなん言われても……。そらそうや!かんにん

無理矢理笑ってみせる西川。
だが今こそ、真剣に答えなければならないと
侑芽は思った。

侑芽)ごめんなさい。私はやっぱり航さんじゃないとダメなんです。西川さんはずっと優しくしてくださって……右も左もわからない私に、最初から親切にしていただいて。本当に感謝しています。でも……申し訳ございません

西川)そんなんええちゃ。俺が勝手にあんたを好きになってしもうただけや!やさかい申し訳ないなんて思わんで?

侑芽)……

西川)気にせんで?俺もそうするさかい!

侑芽)はい……

西川)けど俺は、一ノ瀬さんのことがずっと好きや。

侑芽)……!

西川)やさかい何か困ったことがあったり、大変な時は手伝いたい。雨が降れば傘をさしだしたい。転びそうになれば手を差し伸べたい。ただそれだけやちゃ。それ以上もそれ以下もない

侑芽)西川さん……

西川)やさかい頼むから振らんといてな?付き合いたいて、言うたわけやないさかいな!

そう言っていつもの笑顔を見せて
「ほんならまた!」と去って行った。

侑芽は暫く
車の中で呆然としていた。

実はこの時、
西川と侑芽が同じ傘に入っていた所から
一部始終を遠くから見ていた人物がいた。

「あの2人って……」

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