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【小説】連綿と続けNo.5


航は生粋きっすいの職人で、
仕事においては実直な性格だ。

しかしそれが災いしてか、
武史や先輩職人である山崎洋平から
紹介された女の子と付き合った時期もあったが、
どれも長続きはしなかった。

何よりも仕事を優先して生きてきたから、
それを理解してくれる恋人はいなかったのだ。

もう1人のままでいい。
このまま好きに仕事だけして生きていきたい。

そう思っていた。

武史)お前、そろそろ彼女作ったら?

航)はぁ?そういうの面倒やて前に言うたがに。それにお前やて彼女おらんやろが!

武史)そやけど俺は、今はおらんだけで、またええ出会いがあればいつでも作る気あるさかいな!お前は仕事だけやさかい気が紛れんがいちゃ!

航)俺はいらん。わずらわしいことはごめんや

一方侑芽は、勤務初日を終え
帰宅してからぐったりしていた。

ひとまずシャワーを浴び、
ぼんやりと今日1日のことを振り返っていた。

色々な人に会い、
色々な言葉をかけられた。

優しい言葉と冷たい言葉。
その一つ一つが蘇ってくる。

中でも航から言われた言葉が頭から離れず、
重たい気分から抜け出せなくなっていた。

「こっちは仕事もプライベートも観光客に踏み込まれて迷惑しとるんや!」

侑芽)上手くやっていけるかな……

そんな時スマホに着信が入る。
母・由紀からの電話だった

侑芽)もしもし、お母さん?

由紀)侑芽〜!今日からでしょ?初日はどうだったかな〜って心配になっちゃって

侑芽)あぁ……う〜ん。まだよくわかんない

由紀)そっかぁ、そうだよね!初日だもんね。最初は何でも大変だから、そのうち慣れるわよ!だから大丈夫!あなたらしく頑張りなさい!

侑芽)うん……そうだよね。皆んな大変なのは一緒だよね

明らかに元気がない娘の様子に気がついた由紀は、
元気づけようとあえて明るく振る舞う。
そして父・健太郎にかわる。

健太郎)侑芽、辛かったらいつでも帰ってきなさい。死ぬほど辛くなるくらいなら逃げてもいいんだぞ!逃げるは恥だが役に立つって言うだろ!

侑芽)アハハ!お父さん大袈裟〜!しかも逃げ恥(笑)それにまだそこまで辛くないってば!

健太郎)大袈裟なんかじゃない。真面目に仕事をするのはいい事だけど、自分も幸せじゃなきゃダメだ!人の為に働くのは立派なことだけど、自分を犠牲にし過ぎないでくれよ?

侑芽)はいはい!わかったよ〜

由紀)ねぇ、ゴールデンウィークには帰ってくるでしょ?

侑芽)それがね、ゴールデンウィークはお祭りがあるから帰れないんだ〜

祭りとは、
市内で開催される福野夜高ふくのよたか祭り、
井波よいやさ祭り、城端曳山じょうはなひきやま祭りの
3つの祭りである。

それに伴い観光推進課は休日返上で働く。

由紀)え!?休めないの?じゃあいつ帰って来れるの?

侑芽)わかんない。暫くは無理かなぁ

由紀はそれを聞くと
電話の向こうで健太郎と何やら相談している。そして

由紀)そしたら2人で休みとってそっち行くわ!旅行も全然してないし、お祭りも見たいしね!

侑芽)え〜!?来るの?いいけど全然かまえないと思うよ?

そう言っても行くと言って聞かない両親は、
大型連休中に遊びに来ることになった。

侑芽はそれを楽しみにしながら、
仕事を頑張ろうと前向きな気持ちになった。

翌日から担当地区となった井波へは、
役所の車を使って通うことになる。
もう富樫はついて来ない。
だからナビをいれ1人で車を走らせた。

まずは観光協会の西川と合流し、
開催まで1カ月を切った「井波よいやさ祭り」の
準備をしている自治会の皆さんから
話を聞いたり相談にのる事になっていた。

井波に長く住んでいる高木美津子たかぎみつこや、
航の親友・川島武史もこれに参加していた。

武史)おっ!さっそく参加するがけ!宜しゅうね!

侑芽)宜しくお願いします!

高木)あれまぁ、可愛い子が入ってくれた!こんで男衆も張り切るわちゃ!宜しゅうね〜!

西川いわく、
高木はお喋りとゴシップ大好きなおばちゃんで、
縁談を勧めてくることもあり、
世話好きでちょっとお節介な人だと言う。

祭りの準備を始めていると、
さっそく高木が侑芽に近寄ってきた。

高木)のう!侑芽ちゃんはもう、ええ人おるが?

侑芽)え?何のことですか?

高木)やさかい彼氏のこと!彼氏おるが?

侑芽)いませんけど……

訳もわからずそう答えると
高木は意味深に微笑み、

高木)そうけ!わかった!この高木に全部任せっしゃい!

そう言って風のように消えていった。
高木は早速そのことを武史や西川に耳打ちする。

高木)あの子いいんでない?早う口説くどかっしゃい!

更には街中の独身息子を抱えている家に
朗報として伝え、
侑芽に彼氏がいないことが、
その日のうちに街中に知れ渡ってしまった。

純喫茶「あいの風」にもそれは伝わり、
店主の礼子と常連の太郎は、
腕を組みながら目を細めた。

礼子)いよいよ1人の女を賭けた戦いの火蓋ひぶたが切られたな

太郎)誰が彼女をものにするんか、こら見ものやな?

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