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プラタナス高校探偵部~すねこすりの怪~

頑丈なドームが守る、月の街。その街に唯一存在する高校、宙立ちゅうりつプラタナス高校に入学して、もう二年半と少し。もう卒業目前だ。

先生が板書している間に、空を眺める。今日は大きな入道雲にゅうどうぐもが出ている。月の街を覆うドームの内側には、色々な空模様がランダムに映し出されるのだ。

あの雲と空を突き抜けた先に、地球がある。私は卒業したら、地球で就職する予定だ。私は月生まれだから、地球を知らない。どんな所だろうとワクワクする一方で、親友のロロとココとの別れが辛い。

一年生の時から、ずっと同じクラス。私の名前はモモ。三人とも名前が二文字で好奇心旺盛で、すぐに意気投合した。そして「探偵部」という部活を立ち上げた。

この学校には、よく不思議なことが起きる。その真相を確かめて、困っている人を助けよう、という部活だ。最初は依頼が来るか心配したが、意外と需要があったようで、依頼が途切れることはなかった。

でも、この部活も、そろそろ終わり。昨日、部室に最後の依頼人がやって来た。二年生の小柄な男の子。最近、授業中に突然眠ってしまうという。妙なことに、眠る直前には必ず、足にふわふわした何かが当たる感触がするという。

病院で様々な検査を受けたが、心身に問題は無かったと言っていた。原因は何だろう。ふわふわしたもの……眠気……眠い……。

チャイムの音で、我に返った。



部室に行くと、もうロロとココが来ていた。長方形の古い携帯端末機を使って、調査に役立ちそうな資料を探している。学校の広い図書室にある蔵書は、ネット検索できるのだ。

見つけた資料を生徒手帳にメモしたら、三人で図書室へと走る。カウンターにいる司書さんに、メモを差し出した。

「どうも!資料の閲覧に来ました!こちら、請求する資料のメモです!」

司書さんは私たちを見て、はぁとため息を吐いた。

「はい、どうも。どれどれ……また重くてかさばる資料ばっかりだなぁ……うぅ……腰が……」

ぶつぶつ言いながらも、司書さんはすぐに地下の書庫から資料を持ってきてくれた。司書さんおすすめの貴重な資料まで。三人でお礼を言う。毎回さり気なく助けてくれるのだ。

三人で資料を読み漁っていると、ロロがあっ!と声を上げた。ロロの読んでいた資料を覗き込む。ロロが指し示す箇所を、声に出して読んでみた。

「妖怪すねこすり伝説……夜道を歩いてると、足の間を通り抜けていく……ふわふわしていて……まれに睡魔をおびき寄せる……」

「これだ!ロロ、すごい!」

ココがロロの頭をめちゃくちゃに撫でる。ロロは困ったように笑った。

「本当にすごいよロロ。きっとこの妖怪が犯人だね。よし、作戦会議しよう!」

『地球と月の七不思議史~妖怪編~』だけを借りて、他の本を返却棚に戻す。カウンターを覗くと、司書さんは居眠りしていた。三人で書いたお礼の手紙をカウンターに置いて、静かに部室に帰る。



作戦決行の日がやってきた。三人で「すねこすり」について調べ尽くし、誘い出す方法や説得方法を考えて作戦を立てたのだ。大丈夫、と自分に言い聞かせる。

教室の後方にいる二人から、携帯端末機に励ましのメールが送られてくる。授業中の携帯端末機の使用は厳禁だが、仕方がない。部長なので妖怪の説得役に立候補したが、やはり一人では不安だ。

ポケットの中のお守りを確かめる。小豆のお手玉だ。どうやら小豆には退魔の効果があるらしい。これで睡魔に打ち勝てる、はず。

数学の授業が中盤に差し掛かった頃、うつむいて、おびき出すための呪文を囁く。

「かしこみかしこみ、すねこすり様、いでたまえ、天からいでたまえ……」

何度唱えても、何も起きない。失敗したか、と思った時、すねにふわっとした感触。反射的に下を見ると、白い毛玉が私の足にすりついていた。叫びそうになり、口を手で押さえる。

「あれ?眠らないなぁ。強めにすりすりしよう」

喋った。足に綿毛が当たって、こそばゆい。よく見ると、すねこすりの背中に小さな亀が乗っていた。磁石でくっついているみたいに、落ちない。もしや、あれが「睡魔」なのだろうか。

二人に「出た!」というメールを送る。深呼吸して、接触を図る。

「……すねこすりさん。あと、睡魔さん?あの、ちょっとお話を……」

「ひぇ」「ひぃ」

小声で話しかけると、二匹は私の机に駆け上がってきた。そして、隅で縮こまった。

「あの、何もしないから安心して。なんで人間を眠らせるの?あの、本当にただ、聞きたくて」

おずおずと、すねこすりが近づいてきた。

「……睡魔さんは、生き物を眠らせないと弱ってしまうんだ。でも、この睡魔さんは、もうお年寄りだから、生き物を上手に眠らせられない。だから、僕が手伝ってるの」

「なるほど。でも、なんで学校に?」

「眠そうな人間がたくさんいるから……つい……」

「そうかー。でも学校にいる人たちは、本当に眠ってしまうと困るんだ。病院の中に、不眠症外来っていう所がある。そこなら、きっと君たちを歓迎してくれるよ。そこに移ってみるのは、どうかな?」

「僕たちが、人に歓迎される……?本当に?」

「うん。絶対」

「じゃあ、そこに行ってみようか睡魔さん」

「そうだねぇ。お若い人間、ありがとうねぇ」

ぽっと、一瞬で二匹は消えた。携帯端末機には、二人から心配するメールが何通も来ている。すぐに、大成功!と返信した。

ほっとして、窓の外を見る。寝転んだら気持ち良さそうな雲が、青空に浮かんでいた。



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