見出し画像

桜桃 / 春ピリカ応募

桜餅の香りがして顔を上げた。バカみたいに青い空に葉桜が気持ちよさそうに揺れている。
桜餅の香りは花じゃなくて葉なんだ。なんて考えながら氷の溶けたカフェオレを一口飲むとまた携帯の画面に目を落とした。
白いドレスは削除。
お色直しの桜色のドレスも削除。やっぱり私は白無垢が着たかった。彼の羽織袴姿は凛々しくて惚れ直してたと思う。まぁタキシードも悪くないけど。
結婚式の写真の次はハワイになっちゃった新婚旅行。日焼けしすぎた彼の笑顔を眺めていたら、少し息を切らせて彼がやって来た。
「ごめん、待たせた!」
「そんなに待ってないよ。」
私のグラスを見て笑う。
「カフェオレが水みたいだぞ。新しいの頼む?」
「ううん、大丈夫。」
彼の後ろから来た小夏が私の向かいの席に座る。彼は小夏の横に。二人の指に結婚指輪が光る。
「瑞稀、新婚旅行について来たでしょ。」
小夏はテーブルに新婚旅行の写真を出すと、片隅に映り込んだ私を指差した。
「これ、瑞希だよね?」
「まさか。残念ながら日本にいたよ。」
私は携帯電話の写真を見せた。上部に撮った日付が出るから証拠になる。小夏は何枚か続く日本人だらけの焼鳥屋で飲む私の写真を眉を顰めて見た。
「ほらな、瑞希がいるわけないだろ。」
「でも…。」
「世界にはそっくりな人が三人いるって言うけど…私の方が美人じゃない?」
私は余裕で笑って見せる。わざわざハワイの焼鳥屋で日本人と撮った写真に小夏は気付かない。私の方がずっとずっと彼を好きな事にも。
「それよりこれお土産。」
チョコレートの箱を取り出した彼の手をそっとつかんで結婚指輪と並ぶリングに触れた。
「ハワイで買ったの?」
「そう。まんまとペアリングまで買わされちゃったよ。」
彼に肘で突かれた小夏が記者会見みたいに指を揃えて手の甲を見せる。
「だって可愛いでしょ?裏にイニシャルも掘ってもらったの。」
「うん、可愛い。ちょっとだけ見せてね。」
彼の指から指輪を外して左手に乗せ、慎重に右手の親指と人差し指でつまんだ。
「結婚指輪もあるのにな。」
「欲張りだねぇ、小夏は。」
彼の指にゆっくりとはめて両手で彼の手を包みこむ。暖かい。
「大事にしてあげてね。」
「おぅ。」
自分の事だと思っている小夏は彼と視線を合わせて微笑んだ。

二人と別れた後、同じデザインの指輪を出して左手の薬指にはめる。さっきすり替えた彼の指輪と並べて、ふふっと笑みが溢れる。きっと彼は指輪の裏なんか見ない。私のイニシャルにも、私とペアになっている事にも気づかない。
きっと、ずっと。
…私の気持ちにも。

バカみたいな青空の下、果実にならない桜の葉だけが揺れている。


(1,070字)

#春ピリカ応募






え!?サポートですか?いただけたなら家を建てたいです。