日記 #47

23.8.8.

 父方の祖父母に会う。
 埼玉田舎の駅に降りると改札で二人が出迎えてくれる。かつて祖父母のもとに通っていたころによく行っていた中華料理屋で、久しぶりに昼食を取る。もう食事処はこの店以外なくなっていた。町自体がずいぶんと寂れてしまった。
 報告するほどの近況もない。もしかしたら過去にすでに語ったかもしれない他愛もない話をする。留学の仕組みについて説明し、今は勉強が楽しいこと、それでも祖父母が思っているほど勉強一辺倒なわけでもないこと、あとは留学先で読みたい作家の話をした。ルソーとプルースト。彼らは親戚の中では珍しく本を読む。
 祖父は今の僕と同じくらいの歳で『告白』(祖父にとっては『懺悔録』)に感銘を受け、以来今に至るまでルソーを読み続けている。「ルソーのおかげで宗教に引っかからなかった」らしい。小さい頃はふうんと言って聞き流していたけれど、フランス文学を専攻するに至り、マゾヒズム・自我・ロマン主義に興味を持ち、さらには担当教官がルソーを専門としていることも考えると、ルソーを読むことに何かしらの運命的なものを感じるようになっている。何より留学先のスイスは、ルソーが独りで逍遥した孤独の土地である。
 お前は忙しいだろうと言われて、食事が終わってすぐに別れた。祖母はいつも人前でハグを要求してくる。思春期にはそれが恥ずかしくて嫌でたまらなかったが今や慣れた。今回はハグの後改札の目の前まで手を握ってきた。握力がいつもの何倍も力強くて、彼女の考えていることがわかって、その神妙さを悟られまいと緊張した瞬間に「元気で待ってるわね」と笑顔で言われた。
 もらった手紙には餞別の10万円と、伝えたいことがありすぎて何を話せばいいかわからないということと、あとはとにかく生きろと書いてあった。

 「灼熱カバディ」が無料公開中。何度も読み直したはずの奏和戦のラストで、なぜか泣いてしまった。涙を流したのいつぶりだろうか。思い出せないくらいずっと前。

 一応一日分の最低限の語学はしたものの、そのあとどうにもだらけてしまい、罪悪感が湧く。友人の中で一番超自我が発達してそうな堅物を探し、親友に電話する。相談の結果、今から一か月あがいたところでどうしようもないから、諦めようという話になった。気が楽になって逆にモチベーションが湧いてきた。一方彼は彼女ができないことに悩み、自分には欠陥があるのかもしれないと唸っていたので、俺もお前も欠陥人間だよ。と教えてあげた。相互ケア。

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