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彼女の幻影をたどる(映画パーフェクトブルー感想)

みなさんは今敏という映画監督を知っているだろうか。

千年女優や東京ゴッドファーザーズ、パプリカなどといった傑作を、マッドハウスとタッグを組んで実現させた、アニメ映画における鬼才といえる人物である。まあ細かい経歴はwikiでも見てもろて…。その今敏の初期の名作であるパーフェクトブルーが、今年上映25周年とマッドハウスの創業50周年を記念してリバイバル上映されることになった。今はもうなかなか観られる機会というのもあり、そのニュースがリリースされた数ヶ月前から私はめちゃくちゃ楽しみにしていて、今日満を持して観てきたのであった。

予約の時点で、うっかりタイミングが出遅れてしまったが、大きなスクリーンで上映されるようで席数も十分に確保されていた。なんとか予約できたものの、予約開始から一日ほど経った時点でもう半数近く埋まっていて意外だった。たまたま私の周りにファンがあまりいなかっただけで、実は同じ今敏ファンが世の中にはたくさんいたようで、それだけでなんだか嬉しくなってしまった。

いざ当日、ワクワクして劇場に行って入場したらたくさんのお客さんがいて、埋まっているんやろなあとは思っていたものの、実際にこれだけの人が来ているのを目にすると、今敏ファンはたしかにいた…ということが嬉しくてたまらなかった。私の年齢だと、千年女優あたりで「どうやら面白い映画がある」と知り、そこから東京ゴッドファーザーズなどの作品を見ていき、パプリカが私のなかで決定打となって今敏の世界にハマっていった。しかし当時の私は友達もそんなに多くなく、今敏作品のことを話せる相手も少なかったため、ネットでファンがいるようだという漠然とした認識しかなかった。それもあって、感慨深いものがあった。


思えば劇場で今敏作品を観るのは初めてだった。大きなスクリーンで観る今敏作品は、鬼才マッドハウスの素晴らしい表現力も相まって、迫力もさながら独自の世界観に引き込む凄みさえあった。

物語の序盤は不穏さを含みながらも粛々と進み、ところどころに配置された要素たちは段々と歪んでいき、ついには現実と虚構が侵食しあっていく。その徐々に襲ってくる得体のしれない恐怖に、私は足元からゾワゾワする感覚をおぼえた。これこそが今敏のすごさなのだ。


※ここからは内容のネタバレが含まれています

物語としては、主人公である未麻がアイドルから女優に転身したものの、そこから周りで不可思議な事件が次々と起こり…といったサスペンス的なものである。だが、事件が起こり物語が進んで行くにつれ不安定になっていく未麻の心に、これは現実なのが幻覚なのか分からなくなっていく歪みが生じてくる。誰かが作った未麻のホームページには、はじめは恐ろしいくらい克明に綴られていた本当の出来事が、未麻の心が壊れ始めたあたりから、その変化を無かったことにするかのような事実とは違う内容へと変わっていく。

パーフェクトブルーでは犯人が未麻のふりをしてホームページに日記やコメントを書いたりしていたが、犯人の未麻への憧れなのか、それとも自分が出来なかった夢を未麻に重ねているのか。今改めて見ると、まるで現代のSNSでなりたい自分になっている人のようで、未来を先取りしすぎたテーマのようにも感じた。アイドルや芸能界という仕事でも、もちろん仕事での自分とプライベートの自分の使い分けはあると思うので、解釈を広げれば人間の二面性を指しているともいえる。特にこの作品では、アイドルという特殊な仕事の性質も含まれているので、そういったいろんな意味での二面性や、憧れ、嫉妬、理想と現実のジレンマなど、さまざまな感情が飛び交う様をこれでもかというくらいに描かれている。この複雑すぎる構造が観客を作品に引き込んでいる一因ともいえるだろう。

ちなみに、物語のストーリーもさることながら、未麻役の岩男潤子さんや、瑠海役の松本梨香さんの名演技も見どころである。また、1997年当時のアニメーションを思い出せるセル画ならではの光の演出も素晴らしいので、これから観る方がいればそこにもぜひ注目してほしい。


この作品は、伏線や散りばめられた要素を拾いながら事件を推理していくという楽しみ方ももちろんあるし、私のように未麻に感情移入してどんどん作品の世界に入り込むという楽しみ方もある。いずれにしても、今敏という独自の世界観を持った名作を劇場で観られることはめったにないので、これこそ「自分の目で確かめてほしい」作品だ。




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