7月8日

「織姫と彦星って普段何してるの?」

仕事終わりに寄ったスーパーマーケットの中は七夕の装飾がされて、午後9時をすぎたところで今日が七夕だったと気づく。


「我が家の織姫様は今日も酒盛りをするようですが。」

そういって皮肉るも「飲まなきゃやってられね~」なんて言いながら僕の分を合わせて4つ僕が持つかごに入れる。

「小学生の頃はいじられたね〜。」

「懐かしい話をするね」


何の話かといえば僕たちの出会いとも言える話で、僕たちは小学校が同じで1年生で同じクラスだった。それなりに仲の良かった僕たちはよく一緒にいたりしたのだが、男女で喋るなどどこにでもあることで、何をいじられたかといえば名前だ。雅彦と詩織。彦と織。仲のいい2人が彦星と織姫とあっては小学生の僕たちにとっては、標的にもってこいだった。

それから七夕のたびにいじられ、始めこそ怒っていたものの、怒ることにも飽きたようで彼女は

「何でこいつと」

と鼻で笑っていて、僕はと言えば

「牛を飼うのはやだな〜」

なんて言っていた。


買い物が終わった僕たちは車に乗って、家までの間ラジオを流していた。そこから流れてきた音楽はRADWIMPSの「遠恋」で、七夕にちなんだものだろうと想像がついた。

彼女が年金がどうのこうのって話しているがサビにかき消されてよく聞こえない。

「年に一回しか会えないってどんなきもちだろうね」

曲が終わると彼女はそういった。

「どうだろ。僕なら浮気こそしなくてもしんどくてすぐわかれるけどね」

そういうとしばらくまたラジオの音だけが聞こえる。

「七夕の前の日に織姫は彦星に何を思ってるでしょうか」

突然彼女がよくわからないことを聞いてくるのはよくあることだ。そういう時は決まって何かに悩んでいる。ふざけすぎず、ポジティブな意見を心掛けなければならない。

「そりゃあ、たのしみだな~とかなに話そうかな~とかじゃないの?」

「じゃあ七夕の次の日は?」

「楽しかった~とかまた1年間頑張ろうとか?」

答えも何を考えているのかもさっぱりわからない質問ばかりをされる。

「女の子はそんなに簡単じゃないよ」

少し暗い声で話す彼女の顔も運転中の僕にはわからない。


家に帰って普段通り少しの料理とさっき買った惣菜を広げ、缶チューハイを開けて乾杯をする。

「転勤のことだけど」

と彼女が切り出す。

「年金?」

聞き間違えか。

「転勤」

彼女が訂正する

「ペンギン?」

耳が遠くなったのか。

「転勤」

「エルリック兄弟が得意な?」

頭がおかしくなったのか。

「それは錬金。私が言ってるのはて、ん、き、ん。職場が変わるの。引っ越すの。わかる?」

嘘ならよかった。

「この時期に?」

「そう。この時期に。」

本当みたいだ。彼女の仕事ならあり得ない話ではなかった。

「いつでるの?」

「再来週」

あまりの近さとあまりの大きな出来事に僕の頭は止まっていて、そっか。とだけ返すとあとはずっと無言でテレビを見ていた。



それから2週間はあっという間で今は彼女を車で空港まで送る途中。もちろん無言で、話すことといってもほとんど必要事項で、飛行機の時間だとかまだまとめていない荷物をどう送るかとかそんな話だった。

別れるかどうかという話にはこの2週間一切触れてこなかった。もちろん別れたくなかったが、付き合い始めてから1週間すらも会わなかったことがなかったのだからこれからどうなるのかなんて見当もつかない。

「七夕の前の日と後の日、織姫は何を思ってるかって話したじゃん。」

車から空港が見えるころ彼女は口を開いた。僕は「うん」と答える。

「織姫はずっと離れたくないって思ってるよ。」

見なくても泣くのをこらえているのがわかった。いつも冷静で冷たいとすら思われてしまう彼女だったから、それがどれだけの意味を持つのか僕には分かっていた。それでも出発の直前に引き留めるなんてことはできない僕はやっぱり主人公ではなくて、彦星なんて似合わないのかと思う。

空港の車のロータリーに止め、一度エンジンを切った。

一瞬流れた静寂のあと、彼女よりも先に僕が口を開く。

「彦星は何考えてると思う?」

彼女は答えないまま僕は話をつづけた

「彦星は会う前の日も、会っている時も、別れた後も、織姫と結婚したいって。そうおもってるよ。臆病だから、いつもビビッてそんなこと言えないんだけどね」

プロポーズのつもりだった。でも今はそんなことはいい。彼女が離れたくないと思っていて、僕もそれ以上に思っているのだと。それが伝われば良かった。

「遅いよ」

そう言って彼女が僕の肩をグーで打つ。ふざけて肩パンをしていたいつもの彼女ほどの元気はなくて、肩に当たると震えが伝わってくる。手遅れだったのかと恐る恐る顔を覗き込む。彼女は少し笑っていてそうではないみたいだと安堵した。

「もう行くね」

彼女は涙を拭ったあとそう言って、荷物をまとめながら、「年に1回しか会わないなんて許さないからね彦星くん」そう言って持っていくものを全て揃えると僕にキスをした。

彼女からされることはあまりなかったから、離れた瞬間口から寂しさが溢れてきそうになる。

彼女は車のドアを開けて外に出ながら

「彦星が結婚したいと思ってるって言ってたけど、彦星と織姫ってもう結婚してるからね。」

そう言って出て行った。

「細かいことを言うなよ」

と僕は恥ずかしくなる。

お互いに「じゃあ、また」と言って彼女はドアを閉める。

車のドアがボスンと低い音を立てて車内に響く。

これからのことはまだわからないけど一つの区切りがついたと言う気持ちに一つ大きく息を吐ききった。

この時の感情はなんと言ったらいいかはわからないけれど


7月8日の彦星の思いはきっとこんな感じだ。



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