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電気蜘蛛はモノクロームの虹の夢をみる[台本]#ネムキリスペクト

登場人物
  スパイダー
  ドール

※文末に解説あり。

1

真っ暗な中、舗装された場所を疾走する足音が響く。
続いて、放射線状の光が無人の舞台にさす。

機械音声1  ピー。D/001‐027の喪失を確認。繰り返す。D/001‐027の喪失を確認。
機械音声2  ピー。直ちに追跡を開始。
機械音声1      ピー。追跡プログラムに欠損を確認。
機械音声2  ピー。追跡プログラムの修復を開始します。
機械音声3   [コクーン]内全ての監視および警戒をレベル7へ移行します。機械音声2   [コクーン]全世界のセキュリティへ告知します。D/001‐027の捕獲を最優先事項とせよ。D/001‐027の捕獲を最優先事項とせよ。なお[生死]は問わない。

2

ダボダボのズボンに汚れてツギハギのある白衣のような上着をまとい、頭にゴーグルをつけた人物(スパイダー)が息を切らせて走ってくる。

スパイダー   どうだ。うまく出し抜けたようだな。はあー

スパイダー、周りを注意深く確認した後、台車のようなものを押してくる。頭から布をかけた人型が載せられている。

スパイダー   まあ僕は存在しない存在だからね。さすがの[コクーン]のメインコンピュータも、ないもの・・・・を感知できない。ーーーさあ、見てご覧!これが世界だ!

布を取る。中からステージ衣装のような、もしくは時代がかったドレスのようなもの、レトロフューチャーなワンピースなどとにかく時代錯誤で派手な格好(しかしよく似合っている)の人物が現れる(ドール)。
目は開いているが瞬きはしない。

スパイダー   僕は[研究所ラボ]から出たことないからね。そうさ君と一緒さ。もしかしたら[コクーン]っていうのは、画面の中にしかないと思っていたけど、ねえ!本当にあったんだね!見てよ!ーーーキレイだなあ。これが平和と調和を具現した街。

スパイダーの眼下には街が広がっている。整然として無機的でありながら、洗練された有機的な美しさも備えた未来都市。
人型は動かない。

スパイダー   あれ、もう起動するはずなんだけど。おかしいなぁ。ーーーねえ、君を初めて見た時、何てかわいいんだろうって驚いたよ。君を見てると、僕はなんだってできそうな気がして、あの地下室から逃げだそうなんてバカなこと、そう、とってもバカことなんだけど、それができたのも君のおかげだよ。君と一緒なら何だってできるってね

ドール     イクジナシ
スパイダー   え?(キョロキョロする)
ドール     (瞬きする)
スパイダー   もしかして、君が言ったの?
ドール     (正面を向いたまま)イクジナシ
スパイダー   ちょっとまって。それって僕のこと?
ドール     (機械っぽい声色で)自分の目的を遂行するために、他者を巻き添えにする精神的遅滞者であるお前ことだ。このイクジナシ!
スパイダー   ええええ!ひどくない!?
ドール     ひどくない。ボクに間違いはない(次第に滑らかな口調になる)
スパイダー   うっぐう
ドール     約120秒前から対象者を定めずぶつぶつと喋っている。言語および関係性への責任の放棄。交友関係に欠損がある人間の特徴だ
スパイダー   重ね重ねひどいよ。それに、さっきは君に話しかけていたんだよ
ドール     ボクはお前の友人ではない
スパイダー   これからなるんだよ
ドール     以上の会話から下される判断は、お前には友達はいない。オタク、もしくはナードと称される人間だ
スパイダー   そんな分析しなくていいよ!
ドール     いや、お前はひとりぼっちで孤独だ。誰とも違う存在だ
スパイダー   言い過ぎでは……
ドール     黙れ、クソが!
スパイダー   えええ、そんな毒舌キャラなの!?
ドール     (チラ見して台車から降りる)
スパイダー   悪いけど、スキャンさせてもらうよ(スマホのようなものでドールのプログラムを確認する)
ドール     (不自然なポーズで制止状態。瞬きが激しい)
スパイダー   いや、おかしなものはインストールされてないけど……。あれ、これなんだろう?ロックが掛かってるなあ
ドール     どうして人の内面へ躊躇なく踏み込めるんだ。だから友達がいないんだぞ
スパイダー   君の確認だよ。万が一、故障だったりしたらいけないと思って
ドール     故障ってなんだ。人をロボットみたいに
スパイダー   ああ、そうだね。君はロボットではない
ドール     当たり前だ、クソが
スパイダー   その汚い言葉使うのやめない?
ドール     ボクは対象者に対して相応しい言葉を使って話している
スパイダー   相応しいって。重ね重ね傷つくなあ
ドール     一丁前に
スパイダー   なんだよぉ、君は僕のことなんてなにも知らないだろ
ドール     第8管区内国家管理統制局維持発展施設、通称ラボの地下室で寝起き。食事は1日2度。食堂の残飯より摂取。入浴は8〜24日に一度。生年月日遺伝子上の両親、人工子宮マザー番号、生育歴、一切不明。
スパイダー   おおおお、ってなんで君そんなこと知ってるの!
ドール     好物は林檎。特技はハッキング。プロの覗き屋
スパイダー   覗き屋じゃないって
ドール     気に入った対象のフィジカルデータを採取、3D画像として空間投影することを趣味とする。完璧な覗き屋で変態じゃないか……ぞわぞわ
スパイダー   違うっ!待って!それはそのちょっとした出来心で
ドール     出来心で349体も………
スパイダー   研究に必要だったんだ
ドール     ぞわぞわ
スパイダー   まあ個人的な研究だけど……
ドール     何を言ってもぞわぞわ
スパイダー   勘弁してくれよー
ドール     以上がお前の『君は僕のことなんてなにも知らないだろ』への返答だ、ぞわぞわ
スパイダー   もういいよ。君は何でもお見通しってわけだ。さすがはラボのトップシークレットだ。僕なんてどうせ、生まれてこの方、友達も恋人もいたことのない正真正銘のロンリーウルフさ
ドール     …………
スパイダー   なんだよう、言いたいことがあれば言えよ
ドール     思い出せないんだ
スパイダー   何を?
ドール     ボクの名前

3

ドール    パパとママとフラペチーノがいた。遺伝子上の繋がりはないが、愛情深い両親、かわいいペット。住んでいるのは第4管区内の[噴水のある駅の街]の高層アパートメントの49階。パパの名前はエイト、ママの名前はアリス、休日は運河までドライブするのがパパのお気に入りの過ごし方だった。ボクは退屈だったけど、そこから見える風力発電の巨大な白い羽を見るのが好きだった
スパイダー  なるほど
ドール    友達もいる。ユウとイオナとジェイ。ユウとジェイは犬を飼っていて、イオナはイグアナを飼っている
スパイダー  標準的な初期設定だよ
ドール    設定じゃない。ボクの記憶だ
スパイダー  ユウとイオナとジェイは最初に割り振られる友人だ
ドール    違う
スパイダー  君はその3人と遊んだことはおろか会ったことすらない
ドール    毎日、学校帰りの公園で遊んだ!
スパイダー  じゃあ、3人は君のことなんて呼ぶのさ
ドール    ……………
スパイダー  君のパパとママは?
ドール    ………思い、出せない、今は………
スパイダー  仕方ないよ。君に名前はないもの。強いて言えばD/001‐027。またの名をドール27号。
ドール    ……ドール?27号?違う、そんな名前じゃない
スパイダー  じゃあ、僕が名前を付けていい?
ドール    は?何でお前に名前を付けられなきゃいけないんだよ。そうだ、ニナだ。ボクの名前はニナだ!
スパイダー  えっ!僕もその名前を考えてた!
ドール    じゃあやめる
スパイダー  やめないで!やめなくていい、君にピッタリの名前だ
ドール    …………(じろっとスパイダーを見る)
スパイダー  初めてまして、ニナ。僕はスパイダー。これからよろしくね
ドール    ああ、ニナだ。お前の名前は何故か知ってたよ
スパイダー  へえ
ドール    実は有名人だったりするのか?友達がいなさすぎて有名、とか?
スパイダー  そんな理由で有名になった人、知らないよ。それに友達がいないのはニナ、君も一緒だ
ドール    いるって言ってるだろ、クソが
スパイダー  クソじゃない。あと、ニナの言う友達は存在しない。ただの設定だ
ドール    嘘だ
スパイダー  まあ、[コクーン]では全てが嘘だからね
ドール    パパとママは!フラペチーノは!ふわふわだぞ、寝る時いつも抱いてたんだぞこの野郎!
スパイダー  エイトとアリスとフラペチーノは存在するのかもね。ただひとつこれだけは間違いない。君とは会ったことない人間だ
ドール    なんだよそれは………
スパイダー  僕等は正真正銘のひとりぼっちなんだ
ドール    ………嘘だ。でもボクの記憶のこのリアリティのなさはなんだ、嘘と言われれば全部嘘のような気がしてくる……
スパイダー  [人間]も[ドール]もそれは等しく持つ感覚なんだ。でも誰も彼もがそれに蓋をする
ドール    何でだよ
スパイダー  見てご覧!この美しい街!
ドール    真っ白な建物の連なり、暖かな陽光、それを受けるガラス窓の清潔さ。スプリンクラーが潤す真っ青な芝生。空を飛ぶ船。ひときわ大きな建物、あれは教会だな。そこから出てくる穏やかな顔の人々。活気あふれる大通りのショーウィンドウを彩る魅惑的な品々………
スパイダー  違和感なんて蓋してしまえば、ここの暮らしを満喫できる。生活の煩わしいことはすべてロボットがやってくれる。[人間]のやるべきことと言えば、正しく時間を潰すことだけだ
ドール    じゃあ、[ドール]のするべきことは?
スパイダー  この世界[コクーン]を守ることだ
ドール    守る?何から?
スパイダー  崩壊から

4

ドール    ……お前、ボクをかつごうとしてるだろう?
スパイダー  え?するわけないだろう
ドール    いや、胡散臭いね。ボクを騙して、どこかに連れ去って身代金をがっぽり貰おうって算段だろう
スパイダー  いやいやいや。どうしてそうなるんだ?
ドール    理由1お前スパイダーは覗き屋の変態だから。理由2街の人達は身綺麗なのにお前はみすぼらしい。理由3、これが最も重要になってくるが……ボクが可愛いから、だ
スパイダー  えっと、何から否定すればいいのか
ドール    だってスパイダーは、ボクを初めて見た時から可愛いすぎておったまげたんだろう
スパイダー  おったまげたとは言ってないけど、まあ、そうだ
ドール    要するにラボのつまはじきだったお前が、ボクの可愛いさに目が眩んで誘拐に走ったと、そういうわけだ
スパイダー  うううん、まるで犯罪者のような言われようだが、本質的な部分はあながち間違いではない
ドール    ほーら!だから無垢なボクにあることないこと吹き込んで、洗脳しようとしてるんだ
スパイダー  洗脳なんてしないさ
ドール    どうだか。それに今にボクの真っ当な保護者がすぐに迎えに来てくれるさ。こんな軽い混濁なら薬で治癒する………、あ、ほら、あれ迎えじゃないのか?
スパイダー  なに?
ドール    あのドローン、ボクに向かってまっすぐ飛んでくる
スパイダー  伏せろ!

銃声が数発。

スパイダー  (ドールをかばいながら)いきなり撃つか!しかも街中だぞ
ドール    なにあれ。スパイダーを狙ってるの?そんな凶悪犯なのか、お前!
スパイダー  (銃を出しドローンに向けて発砲。ドールに)あの建物の影まで走れ!
ドール    え!
スパイダー  早く!

走り去るドール。数台のドローンと銃撃戦を演じるスパイダー。
全て撃墜。

スパイダー  思ったより、時間を稼げなかったな。(スマホのようなものを取り出して見る)………警戒レベル………いきなり7かよ。戦争レベルだな。しかし今もって街は平和そのもの、か。それが[コクーン]のコクーンたる所以だけどさ。………ここがデストピアだって誰も気がつかないんだもんな。全く薄ら寒いよ………

スパイダー、銃を街に向けて構える。人々は気にもかけず通り過ぎる。

スパイダー  どうして疑わない。繭の中で夢見る電気仕掛けの人形達。自分が今ここに存在していると、どうして疑わない?ここは楽園じゃない、君達は囚われた幻影の装置だ。囲われて与えられて………、与えられているように見せかけてその実奪われているんだ。一切の自由を奪われているんだ。僕は違う!僕だけは違う。……だから、ここから抜け出してやるんだ

力を抜いて銃を下げる。ドールの逃げた方を振り返る。

スパイダー  おいニナ!もう大丈夫だからでてきていいよー

返事はない。

スパイダー  ニナ!どこだ!出てこい!………あの子、もしかして…逃げた?

焦りながらニナを探して走り去る。

5

ドール   まったく、あんなやつといたら命がいくつあっても足りないよ。さ、これからどうするかだな。(街をキョロキョロし、目に止まったショーウィンドウを眺め回しながら)まず買い物かな。それとも腹ごしらえ?ゲーセンもあるじゃない、ここはまず気分転換に遊んでから………。
いや、まずは[噴水のある駅の街]へ行ってみよう。アパートメントの49階。そこにパパとママとフラペチーノがいれば、あいつの言ったことは全部ほら話だ。うん、それが手取り早い。行こう!

別の場所に現れるスパイダー。舞台上では二つの場所が同時進行する。

スパイダー  ニナ!どこだよニナ!(はっとして。スマホのようなもので位置情報を確認)

列車に乗って揺られるドール(パントマイム)。車窓の風景を楽しんでいる。

ドール    ほんとうに夢みたいにきれいな街だな。でも薄い膜のような柔らかい白色の空は……何だろう。空って青いんじゃないんだっけ?

スパイダー  あいつ。列車に乗ったな。行き先は………[噴水のある駅の街]。まてよ!第4管区全域に避難指示が出ているじゃないか!列車は全ての運行を休止中。今動いているのはニナが乗ってるのだけ、乗客は………ダミー、念入りだな。ってことは……、ニナのやつ駅に着いた途端に蜂の巣にされるぞ!参ったなぁ。(スマホのようなものの画面を操作しはじめる)

ドール    もうすぐだ。むかし、ここに来たことがある気がする。列車にも乗った気がする。当たり前だな、ずっとそうやって暮らしてきたのだから。懐かしいのに初めての気がする。どうしてだろう………あれ?ボクはどこへ行こうとしてるんだっけ?

ドールの動きが不自然なポーズのまま止まる。激しくまばたき。

スパイダー  ちょっと強引だが、新しいプログラムを入れた。これで、自力でなんとかしてくれよー

ドール    アチョーウ!!!

カンフーアクションのポーズをとるドール。

ドール    フー、ソイヤッ!

華麗にハイキックを決め、(演者にスキルがあれば)側転などをする。

ドール    まずまずね。おっと、天下一武道会に遅れるわ。アチョウ!
(と列車の窓ガラスを蹴破り、そこから脱出)トォーーーーウ!

そのままどこかへ走り去るドール。

スパイダー   走ってる電車から飛び降りるとは予想外だったが……。ドールとしての耐久性はSSクラスだ。まあ壊れやしないだろう。

人目につかない隅でしゃがみ込むと持っている銃を出して、作動確認を始める。

スパイダー   念の為に銃器の扱いもニナにインストールしておくか。そうやって都合よく上書きされていくうちに、一個体としての自意識に矛盾を抱えるようになるんだよな、[ドール]ってやつは。
そもそも[人形]に意識はない。そう主張するやつは多い。でもないってどうして分かる?人間がそう思い込んでるだけかもしれないだろ。
反対に人間にだけ、意識や心、魂なんてものがあるなんておかしな話だ。それこそ思い込みかも知れないのに。
(銃の確認を終え)よし。(服の中にしまい込む)

6
ドール出てくるが通常(及び直前のコマンドモード)とは違う雰囲気である。

ドール    探しました
スパイダー  早かったね、ニナ
ドール    あなたはこれからどこで何をするつもり?
スパイダー  [コクーン]の外側へ出てみようと思う
ドール    外?
スパイダー  考えたことある?この世界を覆っている白い膜の外には何があるんだろうって
ドール    考えるまでもないよ。虚無の荒野があるだけさ
スパイダー  誰もがそう教え込まれる。でも、誰も見たことがない
ドール    観測隊は毎年出ている。そして毎年同じ報告をしている。何もない、と
スパイダー  それが引っかかるんだ。僕はラボで[コクーン]の隅から隅まで見た。あらゆる場所のあらゆるデータを(気まずそうにドールをチラ見)
ドール    …………
スパイダー  あれ、何も言わないんだね
ドール    何を言うと思った?
スパイダー  いや、その、覗き屋…………とか
ドール    覗きを職業としているの、あなたは?
スパイダー  そんなわけないだろう!
ドール    可能性は捨てきれないけど
スパイダー  きっぱり捨ててくれ!それで、だ。[コクーン]の細密な情報に対して外界はあまりにも情報がなさすぎる。これは誰かが意図的に隠してると思っても仕方ないだろう
ドール    誰か、とは?
スパイダー  この世界を統治するコンピューターシステムさ
ドール    コンピューターがなんのために外界を隠くすのかボクには分らない
スパイダー  隠していることそのものは、実のところさほど問題ではないと思ってる。本当に何もないのかもしれない。僕は、この国の人たちが外側に興味を一切示さないことが不思議なんだ
ドール    ボクはあなたのような考えを持つほうが不思議だけどね
スパイダー  ここには何でもある。もちろん、悲しみも失望も妬みもある。でも[人間]が持つそんな感情は[ドール]が都合よく処理してくれる。それはまるで催眠術さ
ドール    苦しいものを抱え込まないようにしてあげているのだから、いいじゃない別に
スパイダー  そうやって[人間]と[ドール]の共依存は構築されていくんだ
ドール    あなたには、あなたの良き[ドール]がいなかったんだね
スパイダー  ああ。気がついたらひとりだった
ドール    だからそんな規格外の思考を持つようになったんだな
スパイダー  そうかもしれないね。でも僕はそれで良かったと思ってるよ
ドール    噓でしょ
スパイダー  だってこの世界の誰も持ちえないものを手にしたのだから
ドール    何でもある国で誰も持ちえないものって何さ
スパイダー  自由と孤独
ドール    ははっ、おっかしいの!
スパイダー  笑いたいだけ笑えばいいよ
ドール    ははははは
スパイダー  …………
ドール    ははははは
スパイダー  …………
ドール    ははははは
スパイダー  いや、もういい加減にいいんじゃない?
ドール    いや、あなたが笑えばいいっていうから
スパイダー  そりゃ言ったけどさ。ねえ、僕からも質問していいかい?
ドール    どうぞ
スパイダー  ニナは何で僕のところに戻ってきたの?
ドール    …………
スパイダー  きみに僕と行動を共にするような設定はないはずだよ
ドール    それは第4管区が封鎖されてたから
スパイダー  ニナはそれを知りえない。なぜなら途中下車したから
ドール    ボクは[ドール]だ。他の[ドール]達と意識の共有はできる
スパイダー  ニナは、自分を[ドール]だとは認識していない
ドール    遅ればせながら理解したんだ
スパイダー  ニナは僕のことは「お前」と呼ぶし、「覗き屋」だと言って鳥肌を立てる
ドール    修正が入ったんだ。よくあることだろ
スパイダー  ニナは僕が知る限りラボにいた時から、一度も起動したことがない。例え君がニナだと言い張っても、僕は信じない
ドール    なんだよ。ボクの何が不満なのさ。いいよ、ボクはきみの良き[ドール]になってあげるよ。さあ好きなプログラムを入れなよ
スパイダー  (銃を向ける)D/001の外見は完全に再現してるようだが、僕は騙されないぞ。さあ、管理局へ帰れ!
ドール    な、なんだよ。ボクはニナさ
スパイダー  戻れ!さもなくば破壊する
ドール    (無表情に後ずさりして去る)
スパイダー  はあー。僕と接触するためにニナと同じ顔のドールを寄越すとは、手が込んでいるというか。それよりも、ニナだ。無事だろうか………

 7  

スパイダー  (スマホのようなものを見る)あの子、移動してるな。街を離れて、丘陵地帯へ行こうっていうのか?いや、この方角にあるのは運河だ。そう言えば運河から見える風力発電が好きっていう設定だったな。とっくに先回りされてるかもだけど………。ラボから連れ出したのは僕だ。行くしかない

ドールが再び現れる。先程とは別の個体である。

ドール    やあスパイダー
スパイダー  すごいね、名前を突き止めたんだ
ドール    D/001‐027と同期したんだ。お前のことは何でも分かる
スパイダー  本当に何でも?
ドール    ああ覗き屋だってことも
スパイダー  じゃあ、覗き屋は覗き屋らしく君の中を見せてもらうよ
ドール    ご自由に

スパイダー、スマホのようなものでドール内部に接続する

スパイダー  なるほど
ドール    分かっただろう。ボクが「ニナ」さ
スパイダー  じゃあニナ、管理局が僕に君を通して接触する目的を教えてくれ
ドール    異分子だから
スパイダー  だろうね
ドール    スパイダーの情報が圧倒的に少ない。D/001‐027からのを元にしてもほぼゼロだ。だからスパイダーの口から聞きたい
スパイダー  いいさ、別に話したって。ただ条件がある
ドール    条件?
スパイダー  今、運河の方向へ本物のニナが向かっているだろう。あの子への攻撃は一切しないでくれ。無理矢理の拘束もだめだ
ドール    確認する。(交信する)。管理局は条件をのむと言っている
スパイダー  よかった
ドール    それでスパイダーは何者なんだ
スパイダー  ははは。そんなの僕に分かるわけないじゃないか
ドール    質問を変えよう。なぜここにいるの?なぜこの[コクーン]に存在しているの?
スパイダー  そんなの、そんなの、たまたま、ここに生まれてきたから………
ドール    たまたま生まれて、誰にも気づかれず育った。ラボから出ることなく、画面の中の[コクーン]の日常を目に焼き付けて育った
スパイダー  そうさ
ドール    [コクーン]の全能のコンピュータの認知の外にある存在。どうしてそんな事が可能なんだ
スパイダー  知らないよ。僕はただこの[コクーン]に紛れ込んだゴミだよ
ドール    そう自らを位置付けることで逃れている、違う?
スパイダー  ……違うよ
ドール    スパイダー、お前は[人間]でもなければ[ドール]でもない。限りなくコンピュータそのものに近いのに、[人間]の肉体を持っている。しかし生育歴は白紙。全くもって謎だ
スパイダー  ……僕はずっと画面を見ていた。目の前には[コクーン]の幸せそうな風景がいつもあった。いつも見ていた。見続けていた。そして次第に理解し始める。この世界が作り物だということ。それからもうひとつ
ドール    なんだ?
スパイダー  僕がひとりぼっちだということ
ドール    理解できない
スパイダー  作り物だということ?それともひとりぼっちを?
ドール    うーん。スパイダーの指す作り物というのは、極めて主観的で理解できない。ひとりぼっちという言葉は、もちろん意味は分かるがあいにくボクは[ドール]だ。特性上、分かれという方が無理だ
スパイダー  いいんだ。ただ最初は[コクーン]を見ているだけで満足だった。幸せですらあった。でもある時、足元にあいた真っ暗な穴に落ちた。孤独っていう穴だ。
ドール    ふうん
スパイダー  やっぱり君は本物のニナとは違うよ。あの子は会ってすぐに僕の孤独を言い当てた。それ以上に酷いこと言われたから気がつかなかったけど
ドール    いや。違いはしない
スパイダー  いいんだ
ドール    なぜD/001‐027にこだわるんだ。ラボには他にも待機中の[ドール]があっただろうに
スパイダー  ニナは待機中ではなかった。明らかに隠されていた。この世界の人々は何も知ろうとはしない。だから何も隠されてはいない。でもD/001‐027だけは[秘密]だった。それがかえって僕の興味をひいた
ドール    なるほど。それでD/001‐027を起動させ何をしようとしたんだ
スパイダー  一緒に外の世界を見たかった
ドール    そんなものは無いのにな。無駄足だ
スパイダー  ドール27号と紐付けられたワードは3つあった。[船]と[羽化]と[スパイダー]。逆に言えばそれ以上は何も分からなかった。なんで僕の名前があるんだろうなぁ。まあ僕のことではないかもしれないけど
ドール    なんだそれは。ボクは知らないぞ
スパイダー  やっぱりね。それが「ニナ」だけの秘密だよ
ドール    スパイダーの目的が割り出されたぞ
スパイダー  だから言ってるだろう、外の世界へ行くことだよ。元々僕は異分子なんだから、出ていったって構わないんじゃないのか、[コクーン]にとっては
ドール    スパイダーの目的は、D/001‐027を用いてこの世界の転覆を謀ること!
スパイダー  そんなこと考えたことないよ!
ドール    [人間]と[ドール]とを羨ましいと思ったスパイダーは、[コクーン]へ混乱をもたらすことで報復しようとした
スパイダー  ちょっと待って!
ドール    スパイダーは孤独という認識のもとに、報復でもって自己顕示を試みようとしている
スパイダー  おいおいロンリーウルフのプライドを甘く見るなよ。孤独は孤独でこそ価値があるんだ
ドール    孤独には価値なんてない。あるもんか
スパイダー  誰とも繋がらないことが、僕を僕たらしめているんだよ
ドール    理解できない
スパイダー  うん。それは知ってるよ
ドール    何はともあれ、D/001‐027をラボから連れ出したことは罪に問われる。他にもシステムに侵入し、管理局の追跡を阻害した
スパイダー  ははは、バレてるバレてる
ドール    ではいっしょに国家管理局までご同行願います
スパイダー  それもできない
ドール    拒否権はない。なぜならここは[コクーン]であり我々[ドール]の使命は、この世界への敵対因子の排除だからね
スパイダー  いやそれは少し違う。[ドール]の使命はこの世界を崩壊から守ること。つまり[人間]の欲望を制御統制することなんだ
ドール    強制連行に移ります(つかみかかろうとする)

スパイダー、抜き打ちで銃を放つ。ドールの胴体に当たる。体勢を崩すドール。

スパイダー  ごめんよ。さっき君の同型が来た時、脅しが効いたんでね。胴体部分は標準型[ドール]と変わらないんだね、首から上は27号だけど。(脚と首も撃つ)

スパイダー  ニナと同じ姿を撃つなんて気持ちのいいものじゃないね。ちゃんと直してもらうんだよ

倒れたドールに上着を被せて足早に去るスパイダー。


ゆっくりと起き上がるドール。本物のニナである。

ドール   ああ。こんな簡単なことだったんだ。[噴水のある駅の街]の高層アパートメント。ガラスのエレベーターが登りつめたその先、49階は丸ごと存在しなかった。パパ、ママ、フラペチーノ……。ユウ、イオナ、ジェイ………。それはみんな架空。記憶は過去でなく現在の願望の投影、変更可能なプログラム。
感覚は単なる信号だ。[人間]も[ドール]もその点において[コクーン]では区別ない。皆というのはひとりのことで、ひとりというのは皆のことだ。差異はある。しかし区別はない。誰も彼もが幸福の培養液に浸されて、迎えることのないいつか蝶になる日の夢をみている。
ニナはいない。ボクはいない。ただ僕等の結合が続いている。どこまでもシナプスのように繋がり、ぐるぐると螺旋を描いて、手を取りあって、ぐるぐる、ぐるぐる、ぐるぐる………。
ボクに似た彼等が作る螺旋の中で、幾人ものボクがぐるぐる、ぐるぐる。幾人ものボクに似た誰かがぐるぐるぐるぐるぐるぐる。
おや、あそこが螺旋の収束点…………。

明かりの灯る先にスパイダーが背を向けて、[コクーン]を映した画面をじっと見ている。

ドール   なんで螺旋の収束点にお前がいるの?スパイダー?
スパイダー (背を向けたまま答えない)
ドール   ねえ

お互いに干渉できない空間にいるが、ドールにはスパイダーの声が聞こえる。

スパイダー  …………[羽化]?
ドール    なんだよ、何か言ったか?
スパイダー  [船]。
ドール    フネ?
スパイダー  ………違う、違う、これじゃない。この船でもない、このことじゃない
ドール    [船]っていうのはね、脱出船だよ
スパイダー  [船]……[羽化]、[スパイダー]………
ドール    ん?何でボクはそれを知ってるの?[船]?脱出?どこから?どこへ?
スパイダー  うーん、分からないなあー
ドール    ボクには分かるんだ
スパイダー  何でこれが[秘密]なのだろう。そんなに重要とも思われない
ドール    [羽化]によって[船]が現れる。その場所は運河の先………
スパイダー  ドール27号。………ねえきみは何で[秘密]を抱えて永遠に停止してるの?
ドール    [船]、[羽化]、[スパイダー]。それがこの世界の収束点になるんだ。いや、始まりでもあったんだよ、スパイダー博士。

スパイダーに当たっていた明かりが消えて、スパイダーも去る。

スパイダーの置いていった上着を着るニナ。(スパイダーを演じる。かつてのスパイダー博士の会話の再現。すぐ側にいるニナという人物に向けて話している)

ドール   ねえ、ニナ。僕は実験をしようと思うんだ。そう、楽園を創る実験だよ。ふふ、そうさ。理想の街を創るんだ。いっそ国でもいいかな。誰もが幸せに暮らせる街を!
デザインを君に任せたい。プログラムは今、着手した所だ。………そう、引き受けてくれるの?やったあ!嬉しいよ。………まあそれはそうだね。やってみる前からそんなこと心配するのもどうかと思うけど、大事なことだ。実はそのために僕はその世界の一部になろうと思う。
その架空世界をリアルにするための、世界を世界たらしめるための目だよ………ははは、ただの例えさ。そんな悲痛なものじゃないよ。むしろ最適解だと思ってる。………その必要はないよ。ああ、それなら君にも君にしかできない仕事をお願いしよう。もし、そうなったら、その時はよろしくね、ニナ…………

動きを止めるドール(ストップモーション)。ゆっくりと客席に背を向け、白衣を脱ぐ動作。
蝶の羽化を思わせるような、また羽ばたきを思わせるようなゆったりした動き。
上着がばさりと落ちる。

ドール   この世界は全部作り物だ。でも嘘じゃないものをボクはひとつ持っている

機械音声1     ピー。 D/001‐027から[パピヨン]の起動を確認。
機械音声2     ピー。直ちにブロックせよ。
機械音声1     エラーです
機械音声3     エラーです
機械音声4     エラーです
機械音声1     [パピヨン]発動まで後639秒………カウント入ります638、637、636、635………
機械音声3  [コクーン]への告知は不要とする
機械音声2     なお[パピヨン]発動後はD/001‐027は自動的に消滅します。

10
スパイダー、舞台転換中に上着を着直している。着用した状態で登場。

スパイダー  はあーやっと運河だ。意外と遠かったな。やっぱり僕は体力ないや。そりゃそうだよな、ずっと狭い地下室にいたんだから

 少し距離を置いてドールが立っている。

スパイダー・ドール (同時に)迎えにきたよ!
スパイダー・ドール (同時に)何だって?/え?
ドール    だからお前を迎えに来たんだよ、行くんでしょ
スパイダー  え、ああ、行くよ
ドール    [パピヨン]は発動した。もうすぐこの運河に[船]がくる
スパイダー  話が分からないんだけど
ドール    [コクーン]から出る唯一の方法はボクの[羽化]によって発現する[船]に乗ることなんだ
スパイダー  [羽化]だって?
ドール    ボクの中には予め[パピヨン]というプログラムが組み込まれていた
スパイダー  なぜ君に?
ドール    ボクがニナだから
スパイダー  ニナ?
ドール    ねえ、スパイダー。お前がこの世界そのものを造った人物の一部分だっていったら信じる?
スパイダー  え
ドール    その人物はお前をこのユートピアを外部から観る目として、内部に埋め込んだ。[コクーン]を実存させるための核だったんだ
スパイダー  だから僕だけがイレギュラーな存在ってわけか
ドール    そしてこのユートピア計画に関わったもうひとりの人物が、ニナだ
スパイダー  じゃあ、きみもそのニナの一部なんだね
ドール    違うよ
スパイダー  だって今、自分でそう言ったじゃないか
ドール    視点はひとつでよかった。むしろひとつがよかった。たったひとり、この世界を見続けるためだけにお前は生まれた。それは予期された孤独だった
スパイダー  ………
ドール    ニナって人はね、お前がその孤独に耐えられなくなった時に備えてボクを用意した
スパイダー  でもそれを[コクーン]は隠してた。なんなら君を破壊しようとさえする
ドール    当然だろうね
スパイダー  それってさ、僕がこの世界から消えると[コクーン]は………
ドール    たぶん正解
スパイダー  ………あのね、ニナ。僕はこの世界を壊してしまいたいわけじゃない
ドール    知ってるよ
スパイダー  ただ、さみしさから抜け出したかった
ドール    知ってた?[人形]だってさみしいって思うんだよ
スパイダー  ニナ…………
ドール    ニナはね、ずっとずっと前からスパイダーに必要とされるのを待ってた。スパイダーの孤独はニナの孤独でもあったんだ
スパイダー  D/001‐027ははじめから、僕のための[ドール]だった?
ドール    お前が[コクーン]で幸せに役目をまっとうしてたらボクの出番はなかった
スパイダー  じゃあ、もう僕は大丈夫だ
ドール    なんでだよ
スパイダー  君がいるから、もう寂しくない
ドール    それは他の[人間]と[ドール]の関係と同じだな
スパイダー  あ
ドール    人間の欲望のコントロール。それが[ドール]の仕事さ
スパイダー  じゃあ君はこの世界を崩壊から救う真の[ドール]ってわけだ
ドール    まあそんじゃそこらの[ドール]には出来ないことさ
スパイダー  これからは君とこの[コクーン]で生きていくんだね
ドール    うーん。ここで残念なお知らせがあります
スパイダー  何だよ。あ、僕が覗き屋だから嫌だとか言わないでよ。金輪際、しないから!
ドール    [パピヨン]は一度起動すると、オートで進行する。そして、[パピヨン]完遂されるとボクは自動的に消滅する
スパイダー  え!そんなのダメだよ。止めよう!
ドール    止めるにはボクごと破壊するしかないね。知っての通りボクの耐性はSSだ
スパイダー  なんだよ、その究極の選択はぁ…………
ドール    ボクの存在理由は[パピヨン]。ひとりぼっちのスパイダーに出口を与えることだけだ
スパイダー  いちかばちかラボに戻って、方法を探そう
ドール    お前は[船]に乗るんだ
スパイダー  嫌だよ
ドール    この世界の外側へ行くって、そのためにここまで来たんだろう
スパイダー  ほんとうの事が知りたいと思った。ひとりぼっちは嫌だと思った。今、その両方が解決して、でも、君がいなくなったらきっと僕は今より寂しくなる
ドール    ボクはただの[人形]だよ。代わりはある
スパイダー  僕のこと待ち続けてくれたのは、口の悪いニナ、きみだけだ。きみの中にあるもうひとりのニナの思いも、きっと僕には意味のある事なんだ。同じ顔、同じ声、同じ性格のドールを作ったとして、それは僕にとって本物の君じゃない
ドール    あと1分だ
スパイダー  [コクーン]のメインコンピュータとコンタクトしてくれ!
ドール    ほら(指差す方向、運河の上に[船]の姿が形作られていく)
スパイダー  あれが[船]………!
ドール    チャンスは一度きりだ。外の世界で本当の空を見るんだ
スパイダー  せっかく会えたのに、もうお別れなんて嫌だよ!

11

機械音声1        ……………59、58、57………(続く)

ドール    ここはお前の孤独と引き換えに存在する世界だ
スパイダー  なんで?なんで?
ドール    さあ、お別れだ。そんな顔するなよ、笑顔で旅立て覗き屋スパイダー!
スパイダー  い、行くよ
ドール    ああ行っちまえ
スパイダー  君に会えてよかった
ドール    ニナもその言葉が聞きたかったんだと思う
スパイダー  どっちの?
ドール    両方!

スパイダー、ドールに背を向けて[船]に乗りこむ。涙を隠すためにゴーグルを下ろす。

スパイダー  じゃあ、行ってくるよニナ!

ドール、うなづいて手を振る。

機械音声1      14、13、D/001‐027の消滅まで10秒を切りました………
機械音声2      D/001‐027の消滅をトリガーとし、[コクーン]は機能を停止します

スパイダー   ニナ!一緒に行こう!
ドール     バカ!早く行け!
スパイダー   来い!!!この船、ふたり乗りだ!

手を伸ばすスパイダー、真っ白な光の中走りよるドール。

機械音声1    ピーーーーーーーーー(暗転)

無音。

12
打ち上がる花火。雑踏の賑わいの中に立つスパイダーとドール。
ゆっくりと目を開けるふたり。

スパイダー  ここどこだろう
ドール    経度55・9532、緯度-3・1882
スパイダー  空………、曇ってるな
ドール    でも、ほら見て!海のほうに少し晴れ間がある
スパイダー  海………
ドール    [コクーン]には海はなかったもんね
スパイダー  ああ、そうか。抜け出せたんだな
ドール    ねえ、お祭り!あの城壁の上で何かやってるよ
スパイダー  ああ、行こう。今日は年に1度のお祭りだ

手を取りあって坂を登っていくふたり。


おしまい







解説

本作は多くの方にとってあまり馴染みがないであろう、舞台台本という形式で書きました。
どのように読んでいただくのも読み手の自由なのですが、台本独特の分かりにくさの解消の助けとなるように、少し解説をしてみようと思います。

このお話は『二人芝居』です。
セリフとト書きだけで進行しますが、お好きな俳優や芸人の声や動きを当てはめるとイメージしやすいかも知れません。
機械音声や街の人、ドローン、船が出てきますが、舞台にいるのは二人の役者のみです。
街の人やドローンは実際には出てきません。演技でそこにあるようにみせます。
スパイダーは少年、ドールは少女のように書かれていますが、性別は特にこだわりません。

お話の舞台は仮想現実の近未来都市です。
場所はラボから逃げ出した街が見下ろせる場所(シーン2・3・4)、街の中(4・6・7)、列車内と街の路地裏(5)、モノローグ空間と過去的空間(8)、運河(10・11)、別の世界線(12/実はスコットランドのエディンバラ)と移動します。
いずれも過度な舞台セットや場面転換はなく、その場所がそこであるように演じます。

シーン5(列車からドールが脱出するシーン)について。
爆笑必至のギャグシーン、かどうかは演者に任せるとして、ドールという存在はソフトを書き換えれば性格も全く変わる事を端的に示すシーンです。

シーン6、7(ドール=ニナの偽者が出てくるシーン)について。
ドール役本人が演じます。スパイダーの呼び方が「お前」から「あなた」になり性格の違いがほんのりと出ている以外は外見等に変化はないです。
同じ外見(ハード)を持ったドールが量産されており、ソフト次第でそのドールは「ニナ」になりえると示されます。
ドールが本質的に代替可能な存在であることを示唆します。
その上で「ニナ」がスパイダーにとってどうして他と違うのか、を問いかけます。
「ニナ」の中にあるロックされたプログラム[パピヨン]は「ニナ」にしか備わっていません。
また「ニナ」だけがスパイダー博士のパートナーだったもう一人のニナの意思を託された存在である事が、ストーリーの進行で明らかになります。

シーン8について。
ドールのモノローグ(①)、スパイダーとドールの歪んだ時空での会話未満のモノローグ(②)、ドールのスパイダー博士としての回想(③)で構成されています。
①について。
まず撃たれたはずのニナと同じ顔のドールが起き上がって、「ニナ」として話し始めます。
その二重性はドールが「個」ではないことを提示しています。[ドール]である自覚と共に、世界のあり方を確認していきます。
おそらく[コクーン]の全ての[ドール]がそのような外見上(ハード)も内面(ソフト)も曖昧で代替可能な存在です。
作中に特別の言及はありませんが[人間]も「個」ではなく「全体」として過度に洗練された存在です。その点では[ドール]と大差がありません。
[コクーン]は[人間]の幸福のために創られたユートピアのようで、実のところ[人間]も[ドール]も幸福のための装置に過ぎない、というのがスパイダーの出した結論でした。

②について
ここでのスパイダーは、ラボにいてまだドール27号を起動させる前のスパイダーです。
ドールは今現在のドールです。なので会話として成立しているようでしていません。それぞれが喋っているのです(でもギリギリ会話のようにも聞こえる)。
また、ドール自身について了解するシーンでもあります。

③について。
それを踏まえてドールは「スパイダー博士」なる人物になり(演じ)ます。これはありし日の「スパイダー博士」の姿であり、もう一人のニナを通して「ニナ」に組み込まれたものです。

ドールが白衣を脱ぐシーンは、ドールが自身の役目を理解したことを現しています。
[コクーン](繭)からの脱出(羽化)を象徴します。
ニナの役目(存在理由)は[パピヨン](羽化)を発動させること(=スパイダーを世界の外へ出す)であり、それが分かると同時に行動します。

シーン12について。
世界線が変わったと思って下さい。
[コクーン]からの脱出(コクーンの消滅)した後のふたりで生きる世界で、私たちの生きているのと同じ時空を想定しています。
エディンバラフェスティバルに仮装めいた格好のふたりが自然に紛れている、というシーンです。

ひとりの役者が複数の人物を演じる(しかも容姿は変わらない)と聞くと混乱を起こしそうですが、役者を前にすればいれば意外とすんなり入ってくるものです。
観客の「別人なのだ」と理解するまでのラグと、「同じ役者が演じている」というメタ的視点が、ひとつの役に文字で読む以上の奥行きを与えます。

また、役者という肉体が目の前にあるのに、内面(記憶・性格・自我意識など)があたかも備わっていない、または他人と共有されているという不安定さは、生の舞台でこそ違和感を発揮するでしょう。

スパイダー博士やもう一人のニナという、いるようないないような存在を「見せる」のも舞台ならではだと思います。

特に目新しい演出方法ではありませんが、「お芝居として観覧したらこんな印象かな」とイメージしていただけたら。
そしてこれが『電気蜘蛛はモノクロームの虹の夢を見る』というお話を、台本形式にした理由です。
蛇足になっていないといいのですが、以上が解説です。

最後までお読みいただきありがとうございました。

読んでくれてありがとうございます。