外国人材最前線②~日本企業の熾烈な人材獲得競争~

※第1弾記事はこちら
~ミャンマー最難関日本人学校 10か月で日本語話す即戦力~

宮城県の
のどかな田園風景の中にたたずむ
一軒の工場。

その慎ましやかな外観からは
伺い知れない
時代を先取りした人材がいるといいます。

華奢な体には似つかない
力強い腕の動きと、鋭いまなざし。

1000分の1ミリ単位の精度で
金属の部品を削る作業に
黙々と励むのは、
ミャンマー人の女性職人。

仕事に向き合う張り詰めた表情とは
対照的な笑顔が印象的な
ヌウェイさんです。

その仕事ぶりのまじめさに、
上司も・・・

そしてもう1人
コンピューター制御の
機械を扱うこの女性も
ミャンマー人。

●カインさん
「プロエンジニアになるのが夢」
「興味ある仕事なので最高に楽しい」

この会社では、
8か月前に日本に来たばかりの
2人のミャンマー人が
貴重な戦力になっているのです。

●REPRO・佐々木篤史社長
「ハングリー精神といいますか
 早く一人前になろうという気迫がある。」

「何かトラブルがあっても
 自己責任の中で何とかしようという姿勢。」

「分からないことを
 どんどん聞いて自分のものにする。」

日本人の若者を採用しても
すぐに辞めてしまう状況が続いた
という忍耐力の必要な現場で、
モノづくりの要を担う
ミャンマー人の若者たち。

そんな人材を求め、
佐々木社長は
再びミャンマーに向かうといいます。

外国人材といえば、
今、なぜミャンマーなのでしょうか?

●黒河陽平記者
「ヤンゴンの中でも
 このあたりは
 現在のミャンマーを
 象徴する一角です。」

「できたばかりの
 大型ショッピングモール(右)の
 すぐ脇の路地では、
 昔ながらの光景が広がり、
 出勤途中の人が
 路上の屋台で
 朝食をとっています。」

つい数年前までは、
軍事政権下で、
欧米からの経済制裁が
人々の暮らしに
重くのしかかっていたミャンマー。

民主化とともに制裁が解け、
急速な開発が始まりました。

素朴な暮らしから大量消費社会へと、
過渡期を迎えているものの、
国内産業は未発達で、
多くの優秀な人材にも
就職口がありません。

そんな若者たちが通っているのが
日本企業へと
300人以上の人材を送り込んできた
ミャンマーで
最難関の日本語学校。

宮城県で働くあの2人も
この学校の卒業生です。

そんな人材を再び採用しようと、
佐々木社長が会社説明に訪れました。

●REPRO・佐々木篤史社長
「うちの場合
 エンジニアの仕事になりますが、
 1~2年で覚えられる
 仕事ではありません。」

「日本人でも10年はかかります。」

「うちの会社の場合、
 先輩2人もそうですが、
 日本人もミャンマー人も
 一切関係なく
 社員として
 日本人と同じ扱いをしますし、
 給料もすべて同じです。」

熱心に耳を傾けるのは、
大学の理系学部を卒業し、
日本語を勉強している女性たちです。
佐々木社長は
初任給18万円以上を提示し、
日本人と同じ待遇を強調します。

しかし、説明を終えた後、
佐々木社長は、
浮かない表情で
首をかしげます。

会社説明を聞いた
生徒14人のうち、
採用面接を希望してきたのは
1人だけだったのです。

●REPRO・佐々木篤史社長
「今日で分かりました。」
「ミャンマーでも
 人材獲得競争は始まってるんだなと。」

「(ミャンマー人側が)
 より良い条件の会社を
 選ぶんでしょうし。」

人材獲得競争。

この学校には今、
4月から始まる
外国人材の受け入れ拡大をにらみ、

日本から様々な業種の経営者らが、
人材を求めて殺到しているのです。

中には、
いち早く人材を抑えようと、
テレビ電話で
採用面接をする企業も・・・

ーーーーーーーーーーーーーーーー

結局、佐々木社長は、
この学校の生徒に加え、
卒業生3人を面接することにしました。

ミャンマーで
熾烈を極める人材獲得競争。

実は、日本企業にとどまらず、
世界との競争でもあるのです。

次回は、
日本よりも
韓国や欧米を目指す
ミャンマーの若者たち、
それでも日本を目指す若者たち

それぞれの選択をお送りします。 記事はコチラ


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