小学校低学年の記憶

幼稚園の時に好きな女の子がいた。家族ぐるみで付き合いがあり、少しふくよかというか体の大きい女の子だった。正直顔とかは覚えていないのだが、僕はその子のことが好きだったし、家族もそのことを知っていた。拾ったどんぐりをプレゼントしに家まで行ったこともあった。我ながらめちゃくちゃ可愛いエピソードである。ただ、その子のことを好きになった時のことは覚えていない。いつの間にか好きになっていたように思うし、幼稚園生なんてそんなもんだろう。初恋というにはなんだかちょっとぬるっとしている。

あれは小学校の入学式の後だったのか、はたまた数日経った後だったのか。教室内には僕を含めた生徒たちが自由な時間を過ごしていた。教室の机は隣同士がくっついて2つペアの状態で列を作っており、そのペアの右側には男子の出席番号1の人、左側には女子の出席番号1の人が順に座るように席順が決められていた。男子の方が多かったので出席番号が最後の方は男子同士で隣の席になっていた。このシステム、今思うと絶対におかしい。

僕は教室の右前の出席番号1の方にフラフラと歩いて行った。そこにはみんな席を立ってうろうろしている中、1人席に座り机に向かって何かをしている子がいた。僕はしゃがみ込みその子に「なにしてるの?」となんとなく話しかけた。「絵を描いているの。」その子が僕の質問に答えて顔をあげた時、僕はその子が左側の席に座っていることに気がついた。え、女の子なの?と思うと同時にショートカットのその子と目があった。ショートカットがよく似合う丸顔にくりっとした目で頬は子供らしい赤さがあった。僕は一瞬でその子のことが好きになった。その瞬間をはっきりと覚えているので、自分の中ではこれを「初恋」ということにしている。
ちなみにその子とは高学年になってからもなんだかんだ仲良くしており、一時は好き同士かもみたいな噂もあったが、これと言って特筆するようなことは何もなかった。

あともうひとつ、小学1年生の時の恥ずかしいエピソードがある。

入学式も終わり、担任の先生がこれからの学校生活の説明をしてくれた。その時にその先生は「授業中にトイレに行かなくてもいいように休み時間には必ずトイレに行きましょう。でももし授業中にトイレに行きたくなったときは左手を挙げるように。そしたら先生が対応します。」と言っていた。今思えば授業中に手を挙げてトイレに行きたいと言うのが恥ずかしい生徒のためにその先生は「左手ルール」を作ったんだろうけど、小学生になりたての僕は大した考えもなく、そういうもんだとすんなり受け入れた。

ある日の授業中、僕は猛烈な尿意に襲われていた。この頃はまだ小学校生活にも慣れきっておらず、授業中にトイレに行くという行為がとんでもなく悪い行為だと思っていたのでひたすらに我慢をしていた。しかしそんな我慢も限界に来て半ばパニックになりかけていた時、例の「左手ルール」を思い出した。そうか、こんな時のためにあるんだな!と非常ベルを押すような気持ちで意を決して僕は左手を挙げた。

だがその時、ちょうど先生が生徒たちに何か質問をしたのである。タイミングが悪いことに授業に前のめりな純粋さで溢れた教室は自分を当ててくれと必死で挙げた右手で埋め尽くされた。僕はそんな中で誰よりも必死に左手を挙げた。先生に気づいてもらおうと大きな声で「ハイ!」と叫んだ。なんならぴょんぴょん飛び跳ねていたかもしれない。とにかく必死だった。しかし、無情にも僕ではない誰かの名前が呼ばれて当てられた時、僕の膀胱は限界を超えた。

静かに泣く僕の異変に周りが徐々に気づき始めた。何が起こったのかを理解した先生が僕によってきて対応をしてくれている中で「どうしてトイレに行きたいと言ってくれなかったの!」という問いかけに「ひ、左手を…あ、挙げてたのにぃぃ」と嗚咽混じりに言ったのだが「そんなん気づかないわよ〜」と言われたのはよく覚えている。先生、そりゃないよ。あまりにも俺が可哀想じゃないか。
そこからはあまり覚えていないのだが、その後の学校生活も別にいじられたりいじめられたりすることもなく普通に過ぎ去っていったので周りの大人の初期対応がよかったのか、単にまだ子供たちの中でお漏らしが身近な時期だっただけなのかはよくわからない。

このお漏らし事件には後日談がある。小学6年生の頃、当時よくつるんでいた女子に突然「〇〇って小1の時漏らしてなかったっけ…?」と神妙な顔で聞かれたことがあった。忘れていたわけでもないが覚えていたわけでもない、微妙な記憶の引き出しに入れていたお漏らし事件について触れられた僕は咄嗟に「え?何それ?そんなんあった?」としらじらしくすっとぼけた。それでうまく誤魔化せたのかはわからないが、当時の自分にはその対応が限界だった。今思えばお漏らし事件よりもそのお漏らし事件すっとぼけの方が何倍も恥ずかしい。

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