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創作小説「DEvice」2

これは下の記事の続きです
ご注意ください



昼前にミナミは今日は予定があるから来られないらしいと活動部屋で話していたところにアリスさんはやってきた。
ライから懇切丁寧に事情を説明された彼女は思い当たる節がないらしく困惑をあらわにしていた。
「何のデータなのかはわからないんですね。それよりも、彼は家にいなかったって本当ですか?」
「ええ、どこかに隠れていたということもなさそうでした。心配事を増やしてしまったようで申し訳ないです。」
「いいえ、大丈夫です。ちなみに部屋の中はどのような状況でしたか?」
それならとライは昨日撮った写真をアリスさんに手渡した。
「これが、彼の部屋、ですか?入る前からこれくらい散らかっていたのですか?」と写真を見た彼女は眼を見開き訊いてきた。
「そうですね。中を捜索する前に撮ったものですので間違いないです。前は彼の部屋はきれいだったのですか?」とライが問い返した
おそらく散乱していたという言葉でこの前のような地雷を踏みたくはなかったのだろう。言葉を濁した。
「ええ、かなりきれい好きで物事はきっちりしないと気が済まないタイプの人でしたので。特に書類なんかは種類別に分類して保管するような人でしたから」
そうアリスさんが返答したとき、昨日の違和感が腑に落ちる。
なるほど、思い返せば至極単純である。
思わず僕は席を立つ。机などを揺らしていないうえに皆の死角だろうから目立ってはいまい。
いやな想像をしてしまった。それにも関わらず僕の脳は止まる気配がない。
最悪の展開を期待するような材料が出揃ってしまっている。
何故、ヒロさんがデバイスという形でデータを手渡したのか。
何故、ヒロさんの部屋は散らかっていたのか。
何故、ヒロさんの冷蔵庫の中身が消費期限切れのものが多く残されていたのか。
何故、ヒロさんの行方をアリスさんですら知らないのか。
嫌だ。そう訴える理性をあざ笑うかのように本能は想像をかき回す。
恐怖と苦悩に寒気がする。吐き気を催す邪悪である。
このままではいけないとそっと部屋を出る。アリスさんは気に留める様子はないが、ライは明らかに怪訝な表情でこちらを見ている。
一番危険なのはアリスさんだろう。今のままでいけばアリスさんが被害にあう確率が大きい。いやその程度のことは覚悟のうえなのだろう。
でも僕たちも安全ではなくなった。
デバイスの中身がデータであることを教えたことがおそらく一番の失態だ。
デバイスを検査することまでが僕たちの役目であってその後の諸々のことを対処する必要はないと高をくくってはいられまい。
だが、もしアリスさんが怪我でもしてその責任の一端が僕たちにあるとなればこんな弱小部は存続の危機に立たされるのも想像に難くないというような言い訳で自分の正義感を振りかざすことを僕は良しとしない。
ただライやミナミは僕と違う。
前者はそういった揉め事が大好きな人間で、後者はおせっかい好きの人間である。
ライは放っておいてもいい。正直なところ必要最低限の常識があるからそこまで心配もしていない。その上、悪知恵がはたらくタイプなので何とかやってのけるだろう。
しかしミナミは心配でしかない。彼女は彼女でその能力からその場での対処はやってのけるのだが、後片付けが非常に苦手なところがある。
過去に一度、その強大な魔力の残留魔力を検知されて生徒指導にお呼ばれしたことがある。
ちなみにそのしりぬぐいをしたのは僕である。本当にいい迷惑である。
もうあんな思いはしたくはない。
そう考えながら僕は屋上へ向かった。
屋上は人払いをしたかのように人の気配すらない静寂で包まれていた。

日向ぼっこは多くの生物がいとなむ究極のヒーリングである。
恐怖と苦悩に冷え切ってしまった心身ですら少しばかりほどけていく。
そのヒーリングを行っていると後ろからひとりの足音がした。
顔だけで振り向くとそこには扉を開けたライがいた。
「よう、アリスさんはもう帰ったぞ。いきなり出て行ってどうしたんだよ。」
「さあね。特にこれといった理由はないよ。君は何をしに来たんだ?」
ライに僕の考えを知られては何をしでかすかわからない。
「君と同じで理由なんてあってないようなもんだ。そうそうアリスさんが帰りしなにイシカワの連絡先を聞いてきたから、君の連絡先を書いて渡しておいたぞ。」
「はぁ⁉何で?」
突拍子もない連絡に飛び起きた。
「だって個々のやり取りのほうがなにかと便利だろ。」
便利なものか。逆に悩みが一つ増えてしまったというのに。
「主人公の恋のお膳立てをしてあげる友人Aみたいな行動原理だね。」
精一杯の皮肉をぶつける。
「恋?修羅場の間違いだろ。」
予想の斜め上の返答にその意味を分かりかねた。修羅場。まさにそうだ。アリスさんと関われば関わるほど僕たちにも危害が及びかねない。
何故ライがそんなことを言うのだろう。
まさか、、、
おそらく僕の顔にはとてつもない嫌悪感が張り付いていたに違いない。
「お前、気づいているのか。」
「さあね。」僕の口調を真似してにやにや笑っている。
諦め半分で聞いたが、どうやらライも気づいているようだ。
「どうするつもりだ。放っておくのか」
「俺がどうするかくらいわかるだろう。いつものように楽しむだけだよ。」
呆れてものも言えない。これだからライにだけは知られたくなかったのだ。
「ミナミには絶対に言うなよ。」
「もう根回しは終わってるから、心配すんな。」
まったくいつから気づいていたのだろうか。用意が早い。
あれほど高くにあった日が傾き始めるまで僕たちは話した。
果たして二人とも同じ結論に達していた。
もうどうにでもなれと僕があきらめたのを見計らったかのようにポケットの中の携帯が震えた。

一週間後の夕暮れ時、僕たちはサッカー部の部室前に来ていた。
「知らないぞ。このせいでどこかから圧力がかかってうちの同窓会が潰されても。」
「大丈夫。こちらも弱みを握ればいい話だろ。」とライは答える。
雑すぎないか!!と突っ込みたいができる状況ではない。
何せ敵の本拠地前である。静かにするのは当たり前。必要最低限しなければならないことである。
部員全員が部室内に入ったことは確認済みである。
僕たちはこの場所へ何回か訪れていた。
情報収集のためである。
僕たち二人では正面から挑んでも人数差からみて歯が立たないだろう。
ならばどうするか。
そう、聞き耳を立てるのだ。盗聴器を使うよりもよっぽど簡単で、デバイスを新たに開発する必要もない。
薄い壁に耳を当てると奥から声が聞こえてくる。
「副部長、あの話聞きました?ヒロの奴の彼女があのデータ持ってるらしいっすよ。かなりまずくないですか。」おおー聞こえる聞こえる。
「あれが流出すればこの部は終わりだよ。それに俺たちもそれなりの処罰が下るだろうな。」
「それはまずいですって!どうするんですか。この間はヒロの部屋に入ってさんざん書類を探しましたけど見つからなかったじゃないですか。今度はヒロの彼女の部屋に入るつもりですか。」
「そんなことをしなくても、ヒロのことを使って脅せばデータくらい簡単に手に入るって。」
「そんなうまくいくもんですかねぇ。」
もういい。十分なほど回答は出そろった。
この会話をどれだけ待ち望んだことか。
「おい、お前!!そこでいったい何をしているんだ!」
壁から耳を離そうとしているときに背後から野太い大声が聞こえた。
とっさに振り向くとそこにはサッカー部の監督がいた。
まずい、喜びで周囲への注意がおろそかになっていた。
監督は行動がイレギュラーだから無視していたのが裏目に出たのだ。
「お前は特別生のイライザじゃないか。」
おっさん、声が大きいんだよ。というより何で僕のことを知ってるんだ。
おそらく部室内の生徒の一部に声が聞こえたのだろう。部室から一部の生徒が出てきた。
三十六計逃げるに如かず。俺は全力で走りだした。
「おい、逃げたぞ」という声が後ろから聞こえてくる。
明日筋肉痛になることを覚悟の上で僕は力を振り絞った。
しかし毎日運動をしている運動部にかなうはずもなく、追いかけてくる部員たちに徐々に差を詰められて、、、
あれ、ライは?
って、ライの奴一人置いて逃げやがった!!
後で絶対にフロントチョークとヘッドバット食らわせてやる!
兎にも角にも捕まる訳にはいかない。
サッカー部の部室は部室棟2階。
僕は全力で階段を駆け下りる。
今持っているデバイスを確認する。
後方との差、およそ3m。
部室棟出口を右折。
それと同時に障壁デバイスを持ち自分の後方に薄っぺらい障壁を張る。
僕の最大出力ではのれんほどの抵抗しかない。
しかし効果は絶大。
わざわざのれんを壊すためにしっかりと攻撃モーションを取ってくれた。
その僅かなロスタイムにさらに差を開ける。
しかしこれは2つの点で愚策であった。
まず1つは僕の障壁の強度を知られてしまったこと。
これで僕はもうこの手を使えなくなる。
もう1つは障壁という手を相手に思いつかせてしまったこと。
即座にデバイスを取り出し障壁を張られる。
走っているから手元が狂っている上、連続した使用は困難なのだろうか、嫌味なところには張ってこない。
足元前方と頭部上方に同時展開した障壁をハードルの要領で飛び越える。
前方にカフェテリア前の夕ご飯を求めた生徒たちの人ごみが見える。
ジリ貧を避けるためにとそのまま人混みに飛び込む。
「誰か!そいつを捕まえてくれ!」という声が聞こえる。
まずい。そう思った時にはもう手遅れであった。
周囲を取り囲む生徒がこちらを見る。
迂闊も迂闊。戦況を変えようと人ごみに飛び込んだはいいものの、そこは圧倒的に相手に有利な状況であるということに気が付けなかった。
そもそも一人を複数人が追いかけている今の展開を何も知らない人がはたから見よう。
黒いスーツでサングラスをつけている人たちに追われているわけではなく、交友関係の広い同級生たちが追いかけている。
一方、特別生という裏ルートのような入学方法で入学してきた、弱小サークルのリーダー。
うん、つんでいるね、この状況。
人ごみの隙間を抜けてサッカー部員たちがじりじりと近寄ってくる。
だめだ、逃げ場がないこの人込みに紛れてやり過ごすことはできるか?
焦りで頭が回らない。このままだと捕まる。
その時、
「いやー、愉快な状況にあるね。ケッサクケッサク。」
というライの声が聞こえた。
その楽観的で愉快犯のような上機嫌な声は僕だけにしか聞こえなかったようだ。
もしくは現場の状況から空耳と処理されたに違いない。
思わず声を出しそうになったがライがそれを遮った。
「3秒後だ、3秒後にこの中から抜け出せ。レディ・ゴゥ!!」
はぁ?3秒後って無茶だろう。
そう文句をつけたいがそうこう言っていられる場合ではない。
何か策を考えろ。動けよあたまぁぁぁ!!!!!
光。まさに一筋の光明が見えた。
残り3秒
とっさにデバイスを入れ替え、魔力を送り始める。
残り2秒
人ごみの中でも壁の薄い場所はどこだ。すり抜けられそうなところは。
残り1秒
あたり一帯を包むような光がデバイスから放たれる。
目をつぶって全力で人ごみをかき分ける。
残り0秒
周囲の人で遮られていた風が直に当たる感覚に目を開ける。
僕はカフェテリアの屋上ブースにいた。
「まったく無茶ばっかりするんだから。うちの後輩たちは。」
目の前にミナミが立っていた。
そしてわきではライもへばっていた。
はははという力ない安堵の笑いが込み上げてきた。
これほど安心する味方もいないだろう。
ため口を使ったのが少し恥ずかしかったのだろうか夕日に照らされた頬がほのかに赤く染まっている。
おそらくミナミが人ごみから抜け出した僕たちを浮遊魔法か何かで屋上へ飛ばしたのだろう。
「何かするなら私に相談してくださいよ。あと、イライザ先輩。発光デバイス使って抜けるなんて無謀すぎますよ。」
「ありがとう、ミナミ。ライが呼んでくれたのか?」
「いいや、俺じゃない。イシカワが勝手に来たんだよ。監督に見つかった時に俺の姿を隠してくれたのもイシカワだし。」
なに?あれはお前が隠れたんじゃなかったのかよ。
勘違いからヘッドロックするところだったよ。
「ライ先輩が先に気づいて逃げようとしてたので姿が見えないようにしたんですよ。」
前言撤回。やっぱりヘッドロック決定な。
落下防止柵の隙間から下を見ると、サッカー部員たちが慌てふためいているのが見えた。
僕たちが聞いた発言からしてサッカー部があのデータに関わっているのはこれで間違いないだろう。
これでようやく十分な準備が整った。
あとは学校側が責任をもってやってくれるだろう。
「さて、反撃と洒落込みますか。」

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