だれでもデザイン

だれでもデザイン 山中俊治

東京大学教授かつSuicaの改札機で有名なプロダクトデザイナー、山中俊治による中高生へ向けたデザインの教室をまとめた一冊。

私は彼の大ファンだ。
何故なら彼の知識は知的好奇心を存分に満たしてくれるから。
基本的に物理学や生物学など強く興味を惹かれるのは理系分野や研究者の方が多いのだがこれはおそらく芸術畑にしかいたことのない私がこれまで触れてこなかった世界だからだと思う。何故本を読むのか、何故ネットの海に溺れがちなのか、何事もハマりやすく飽きやすいのは何故なのかを考えてみると、それについて知らないからだと気づいた。小説で言えば現代の日本(つまり自分が知っている世界)を舞台にした話を読むことは稀である。読んだとすればそれは話の内容に惹かれたのではなくその作家の脳内構造を知りたくて読んでいる。ストーリーや人物の感情よりもヨーロッパや戦後、中世はたまたファンタジーなどの舞台背景が面白くて読んでいるか、スポーツや職業、趣味などの専門知識が面白くて読んでいるか。他の人間がどういう動機で本を読むのか議論したことがないので分からないが要は把握したいのであった。
なのである程度その界隈について把握してしまえば満足して次の興味を惹かれたものへ乗り換える。登山で例えるならば7合目まで夢中で登って山頂が雲の隙間から見えた途端になるほどなるほどと呟きながら下山を始めてしまう感じであろうか。この登りきれない所がどうしようもなく凡人たる所以である。実際に登らずともヘリコプターから全貌を眺めるだけでも満足。ちなみに「把握する」と言葉通りにとってしまうとその道のプロフェッショナルからしてみれば大変烏滸がましいのでこの矮小な自身の知能なりにざっくりと理解するという程度の意味あいである。

さて彼の著書はそんな物理分野に見識のない私にでも大変理解しやすく物体構造と日々の観察を噛み砕いて説明してくれているのだ。Suicaの改札機は何故少しだけ傾いているのか、何故タイヤの溝のピッチは一定ではないのか、何故木漏れ日はまるいのか。幼い子どもが何故何故と保護者にしつこく問いただし大人を困らせるのはよくある光景らしいが(身近に該当する年齢の子どもがいないので分からないが少なくとも私はそうであったし親を絶対的なものとして見なくなった理由の一つである)その問いに丁寧に回答もしくは子どもに考えさせる機会を与える賢い大人の理想像である。このような人と成長過程で出会えた者は大変幸福だろうなと思う。彼の別の著書で、「デザインの小骨話」だったか「デザインの骨格」だったか失念したが(両者とも大変面白く満足度の高い内容だった)彼自身は寺田寅彦に影響を受けたのだと言っていた。寺田寅彦も物理学者であり随筆家であり、数冊読んだところ山中の書く文章構造、テーマとよく似ており愉快な気持ちになった。

もう一点ファンである理由を挙げるならば、文章がやさしいからである。
このやさしいというのは、「易しい」でもあり「優しい」でもある。易しいは前述した通り。優しいは、書く文章にはその人の色という物が出るなと常々思っていることであるが、(これは文章だけでなく文字とか話す時、歌う時の声色とか絵を描くときの線や演奏する楽器の音にも同じように思う)それが格別優しいなと思う。やわらかいとも違う、芯は通っているが万人に丁寧で、知性があり伝わる言葉を使う人なのだ。勿論棘のある文章や癖のある文章、キラキラした文章も気取らない文章もそれはそれで魅力的である。
この辺り、先ほど挙げた「デザインの小骨話」や「デザインの骨格」では丁寧さや知的さ、アカデミックさを出した装丁になっていたが(個人的なイメージで言うと風立ちぬの堀越二郎か)今回は「だれでもデザイン」がタイトル、中高生に向けたデザインの授業がメインである。この丸っこさ、グリッド感とキャッチーさ。巻末装丁を確認してやはりとニヤけずにはいられなかった。寄藤文平である。無印良品の防災備品のイラストレーターとして有名であろうか。表紙、章タイトル、小見出し、本文、ノンブル、フォント選びや文字組が崩しすぎず固すぎず、塩梅が流石である。とりわけ好きなのはデザインに使用している細いラインがただのパスではなくきちんと細いペンでひいたようなドローイングの線になっている。プロの仕事のこういう所が好きだ。
これは出かける場所によってTPOを考えましょうというお話だ。フェスに行くのにスーツを着て行くようでは仲良くはなれない。いや、個人的にはちょっと面白いので何故スーツなのか聞いてみたいが。

「思いついたらすぐに描く。未完成でもつくってみる。」というのは本当に大事で、無能な癖に完璧主義で考えすぎて初動の遅い私は日々この言葉を噛みしめながら生きている。0を1にするのが1番しんどいのだ。そのしんどい作業を乗り切るには思いついた瞬間の瞬発力とモチベーションで勢いよくこなしてしまうのが良いと思う。どんなおぼつかない物でも1さえ形になってしまえばそこから足したり引いたり、あれこれとこねくり回していくうちに少しずつブラッシュアップされていく。
手を動かし、構築と破壊を繰り返し、探索して探索して。ふとアイデアを見つける。

この本でまとめられているのはそんなアイデアが生まれる瞬間に触れる楽しさを体験してもらうための授業。

つくづく思う。
この学生達が本当に羨ましい!

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